10408人が本棚に入れています
本棚に追加
/171ページ
さすがにタッパーを持って行こうとしたときには、父に止められてしまったけど。
美味しかったら5人いる妹弟たちにも持って帰ってあげようと思ったんだけどな。
もし残ってしまうようなら、ホテルの人に頼んで包んでもらおう。
そんなことを思っていると、ふいにあがった黄色い歓声に、私は引かれるように目を向けた。
ロビーに人だかりが出来ている。
なに?
その輪の中心には、ひときわ背の高い、20代後半くらいの男の人がいた。
鋭利な眼差しを隠すようにして掛けられたシルバーフレームの眼鏡に、すっと高い鼻梁、シニカルに片笑む薄い唇。艶やかな漆黒の髪を綺麗に後ろへと撫で付けた、知的で大人な雰囲気を纏う、心なしか憂い顔なその人。
うん、あれは間違いなくモテるな。
全体的に冷ややかな印象の男だが、かなり端整な顔立ちをしている。
よく見れば、彼を取り囲んでいるのはほぼ女性ばかり。
酷薄に見える薄めの唇に優しげな弧を描きながら、群がる女性達にそつなく対応してるんだけど。
眼鏡の奥の眸だけが、笑っていないように感じるのは気のせいだろうか。
私がその男性をじっと観察していると、バチッと目が合ってしまった。
マズッ……!
慌てて顔を逸らした。
不躾に観察していたのがバレてしまったのか。
バクバクと高鳴る心臓が、胸から飛び出てきそうなほどに緊張する。が、その時、またしても上がった女性達の歓声に、恐る恐る視線を戻してみた。すると、彼の視線は違うところを向いていて。
ホッと胸を撫で下ろすと同時に、なぜか落胆している自分に驚き、首をひねった。
そこに、やっと父が現れた。
「ごめんね、寧音ちゃん!」
走ってきたのか、父は大きく息を乱しながら私の元までやってくる。遅刻したお父さんに、私は唇を尖らせた。
「遅いよ、もう。お父さんほっといてホテルの探検しようかなって思ってたんだから」
私の言葉に、お父さんは「ハハッ」と笑う。
「ごめんごめん。時間だからそろそろ行こうか」
父は私の手を引いて会場の入り口へと向かったんだけど、その場を去る私達の後ろ姿をじっと見つめる視線があったことなんて、この時の私は知る由もなかった。
会場に入り、私達は用意されていた椅子に腰掛けた。
そして、司会の挨拶、会長と前会長の挨拶と延々続き、私はもう限界だった。
最初のコメントを投稿しよう!