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歓声をあげながら走ってきた女の人に、お婆さんの身体がぶつかってしまってギョッとした。
とっさに駆け寄った私は、弾き飛ばされたお婆さんを抱き留めた。
「大丈夫ですか!?」
「……ごめんなさいね」
申し訳なさそうな顔をするお婆さんを支えながら、椅子が並べてある一角へと連れて行く。
そして、お婆さんを座らせてあげた。
「どこか怪我してないですか?」
沈痛な面持ちのお婆さんに、私は心配になって尋ねてみる。
「ありがとう、お嬢さん。今日はおめでたい日だから、張り切って来てみたんだけど、やっぱりお婆さんには辛かったかしらね」
穏やかな、けれど、切ない笑みがお婆さんの顔に浮かぶのをみて、胸が掴まれたようにギュッとなる。
「お婆さんが無事で良かった……。それにしても! さっきの女の人、謝りもしなかった! 許せないっ」
悔しかった。
お婆さんが、仕方ないことなんだと諦めてしまって見えたから、余計にそう思う。
私はギリッと唇を噛み締めた。
「仕方ないわ。私みたいなこんなお婆さん、ここにはいないもの」
――――私のために怒ってくれてありがとう。
そんなふうに言われてしまって、また胸に痛みが走る。切ない痛みを訴える胸を、握った拳で押さえつけた。
「……みんな自分のことばっかり。他人のことを気にしてるふうに見せかけて、ほんとは自分のことしか考えてないんだ」
つい本音が口を吐く。
女の人が走って行った先を見て、やっぱりなと落胆する。
視線の先には、さっきロビーで見かけた、知的で冷ややかな雰囲気の眼鏡紳士の姿があって、彼を取り囲む華やいだ輪の中に、その女性はいた。
やっぱりそうなんだ。
自分のことしか考えてない人ばかり。
がっかりしながらそう思った時、お婆さんが話し出した。
「私には孫がひとりいてね」
ハッとして、私は視線をお婆さんへと戻す。
「孫は男の子なんだけど、小さな頃からとても綺麗な子だったの。ひっきりなしに女の子が寄ってきたわ」
自慢の孫なの。
お婆さんは愛しさを滲ませた穏やかな顔でふふっと笑う。
「外見と、うちが少しばかり資産家だったせいか、集まってくる女性達はそういう上辺だけしかみない人ばかりだったわ」
誰も孫の内面まで見ようとはしてくれなかった。
お婆さんは悲しそうにそう語る。
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