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見慣れた外観がやっと見えてきた。
数日前に宿柊屋の前で起きた騒動が脳裏に過った。
もうあれから5日も経っている。
着の身着のまま、出て行ってしまった為部屋にあるものや仕事も全て放置しそのまま。
1週間ほど前払いで宿代は支払っておいたのが幸いか、心配はしていないが。
仕事に関しては請けていた依頼がある。
完全にこちらの落ち度だ。あとで頭を下げにいくしかない。
この件が落ち着いたなら。
柊屋の戸を開く。
少しして、奥から鳶色(とびいろ)の小紋の着物を纏った女性が向かってくる。
「女将さん」
「‥藜はん!!」
目を合わせ声を交わすと、慌てて駆け寄ってくる。
女将さんの顔には驚きと安堵が入り混じったような表情が浮かんでいた。
「無事やったんどすなぁ!ほんまによかった‥」
心底から心配されていたのだろう。
私の手を握り、女将はほっと息を吐いてから笑顔を見せた。
隣にいる沖田と、背後から遅れて入ってきた斎藤の2人をまるで視界に入っていないかのように振舞う女将。
「あいつらに酷い扱いされてへんやろうな?」
「…ええ、大丈夫ですよ」
できるだけ悟られないよう、握られていた手をそっと離す。
「…嘘つかんといて。なんでもあらへん訳なやろう?
この腕の包帯はなんやっちゅうの?」
もう気付かれていたらしい。
握っていた手を不自然に離したことか、無意識のうちに庇っていたのかはわからない。
さすがと言えばいいのか、目敏い。
「…あんた達が怪我させたんやろう?」
そう言ってから、今まで視界にすら入れなかった彼等に目を向けるが。
その目は完全に据わっていた。
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