序章

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 何も起こらない、いざこざの無い、いつも通りの日々を、竹蔵は好いている。  只々ひたすらに、何事も無い毎日を過ごしたいだけ。  心配する事の無い、安定した日々を送りたいだけ。  揺るぐことの無い安定が欲しいだけ。  竹蔵は、皆が笑って暮らせる様な日々を夢見ているだけだと――――理解していた。  桜子もそんな夢が好きなのである。  竹蔵の夢が好きなのである。 「だから今日も、俺のかわりにお前が動くしか無いという訳だ」 「その理屈は少しおかしい気がしますが、分かりました」  くすりと笑いながら、竹蔵の申し出を承諾する桜子。 「今日もいつもの様に言っておいてくれ。兄は妹の世話をするのが嫌になったんじゃないと」 「はい」 「ただ、女子の話についていけないだけだと、ひとまずは愛していると伝えてくれ」 「はい」  愛しているのは嘘である――――という事も、桜子は理解していた。  竹蔵からしたら、妹である竹倉香蔵(たけくら かぐら)は可愛いとは言えない。  むしろ少し大人っぽくて小生意気だと思っている。  だが、竹蔵は日常を愛している。  だから、日常を壊さない程度の嘘は吐くのだ。  家族だからといっても妹の事を好きじゃない、だが嫌ってもいない。  いや嫌いな方だけど、嫌いじゃないよ家族だし仕方ないし。  ならこうしよう。  愛している。  家族に対する言葉なら無難だろう。  いや愛してすらいないと思うけど……。  そういう思考が竹蔵の頭の中にあるのだ。
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