序章

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「…………ふう」  最近の竹蔵のマイトレントは、エア何々である。  エアギターとか、エアバンドとか、そういった類が流行りである。  特に最近お気に入りなのが、エア絶叫。  桜子からはエアムンクと言われている。  ただクチをあけて、絶叫するかの様に顎を微妙に震わせる。  これぞエア絶叫である。  エア絶叫をすると、本当に絶叫をしている気分になれて――――爽快なのである。  ストレスが解消されるのである。  本当に大声で絶叫するのは恥ずかしいので、エア絶叫である。 (あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!) (ごほん。よし、今日も喉の調子は良し。本番を開始する!)  エアなので、喉の調子ではなく頭の調子の問題がある。 (あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――)  竹蔵のエア絶叫最大記録は、12時間である。  12時間ずっとクチをあけてエア絶叫が出来るのである。  その記録が出来た日は、土曜の夜から日曜の朝まで、誰も竹蔵にかまわなかった為に出来たものである。  世界に人間が誰も居なければ、竹蔵は寿命が尽きるまでエア絶叫をするかもしれない。 「おじゃまします」  いつの間にかやってきた桜子が、ベッドにあがった。  ぎしりと音を立てて軋むベッド。  竹蔵の後頭部をそっと持ち、その下に自らの両膝を差し込む桜子。 (あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――) 「くす。またエア絶叫ですか? よく飽きませんね」  エア絶叫歴10年の竹蔵は、また膝枕か、よく飽きないなと思っている。
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