其之壱 ヤカンヅル

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 市はちょうど島根県との県境に位置し、境水道大橋と江島大橋という二本の橋で島根県と繋がっている。北側方面には海を挟んで弓ヶ浜半島が広がり、南東方面には伯耆富士(ほうきふじ)とも呼ばれる富士山に似た山・大山(だいせん)が聳えている。  と、引っ越す際に調べた情報を並べさせてもらったわけだが、境港市を簡単に説明させてもらうと大体こんな感じである。  生まれも育ちも東京。生粋の都会っ子である俺が単身この田舎町に引っ越してきたわけであるが、ここまでの道のりは決して楽ではなかった。  そりゃそうだ。東京の中学に通っていたのなら、そのまま東京の高校に進学するのが当然。明確な将来の夢があり、その夢に近付ける特殊な科が他の都道府県にしかないのならわかる。だが、俺の場合はそうではない。進学を希望し晴れて合格した県立境西高校も普通科である。  無理を通してまでこの町に来たかったわけではない。東京以外なら何処でもよかった。たまたまこの町に親戚が住んでおり、所有しているアパートの部屋を格安で貸してくれるからこの町にしただけだ。大家である親戚の家も隣なので、親としても安心だからこそ俺の一人暮らしを許可してくれたのだろう。ありがたい話だ。  当然のように一両編成である電車に揺られながら新生活に想いを馳せていたところを、車内アナウンスにより現実へと引き戻された。次が下りる駅のようだ。危ない危ない。何せ乗り過ごせば、次の電車まで一時間近く待たなければならないのだから。  電車から降りて当然のように無人である改札を抜けると、茶髪の男がこちらに手を振っていた。年の頃合いは同じくらいのようだが、誰だ? 「おーい皆人! 冬目皆人(ふゆめみなと)!」  人の名前をフルネームで叫んでくれるな。親戚のおばさんが電話で迎えを寄越すといっていたが、どうやらそれが彼のようだ。 「あ、ども。俺が冬目皆人です」 「わかってるよ。ていうか、降りてきたのキミだけだし」  言われてみると、確かに俺以外下車した者はいないようだ。昨日まで都民だった俺には新鮮な感覚である。 「俺、一両編成の電車って初めて見ました」 「学生の通学や帰宅時には増えるけどな。てか、電車?」 「え? 電車……じゃないんですか?」 「汽車じゃねーの?」
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