其之壱 ヤカンヅル

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「しっかし馬鹿だな皆人。穴に落っこちるとは。ちゃんと前見て歩けよ」 「はぁ? 俺はこの先輩の作った落とし穴に落とされたんだよ!」 「え? だって先輩は『不慮の事故で穴に人が落ちたから助けて』って呼びかけてたぞ?」  俺が彼女に目を向けると、先輩は同時に視線を逸らした。口笛を吹いて知らん顔をしている。ここまで白を切るのが下手くそな人は初めて見た。 「先輩」 「……はい」 「まだ謝罪の言葉を聞いていないんですが」 「……ごめんなさい」  しゅんとなり、彼女は素直に頭を下げる。何だか俺が悪いことをしているみたいじゃないか。 「アナタもごめんなさい」 「へ、俺? あー、いいっすよ。バスケ部とバレー部の勧誘がしつこくて困ってたとこだったんで、寧ろ助かったっす」  燐太郎は目測で俺より十センチほど背が高い。百八十五センチくらいはあるだろう。そりゃあ引く手数多に決まっている。別に羨ましくはないが。  一方でこの落とし穴先輩は俺より十センチほど背が低い。それでも女子としては背が高い方だろう。律儀にもまだ頭を下げているので、俺は許しの言葉をかける。 「もういいですよ」続けて、言葉を重ねる。「この穴、ひょっとしてこの為だけに掘ったんですか?」  その質問が何かの引き金となったのか、先輩はガバッと頭を上げ力説を始めた。 「よくぞ聞いてくれましたっ! ほら、桜の木の下にはよく人間の遺体が埋まってるって言うでしょ? もし埋まってたら当然この木の下には夜な夜な悲しい顔をした幽霊が出るわけ! そうなるとビデオカメラをセットしてテントを張り見張らないといけないでしょ? でもでも、そもそも何も埋まっていないんじゃ本末転倒。だから、調べるために掘ったの。結局何もなかったんだけどね」  ……何だこの人。  関わってはいけない。俺の中の本能が盛大に警告音を鳴らしている。落とし穴の件はもういい。学ランもクリーニングが必要なほど汚れたわけじゃない。さっさとここを離れよう。 「じゃあ、俺達はこの辺で。行くぞ燐太郎」 「え? おう」 「それじゃあ、また明日部活で会おうね!」  ……何だって? 「ちょっと待ってください。今なんて?」
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