65人が本棚に入れています
本棚に追加
部屋を出ると、安藤が
「なんか解せないですね」
と言った。服部も首をひねり
「あの若旦那、本当は何が目的だったんだろうな」
と呟いて照明が落とされたロビーの椅子に腰を下ろし、煙草に火をつけた。
安藤も隣に座った。
「本当に拳銃が目的だったんでしょうか」
「そんなわけあるか。中学生のガキじゃあるまいし、慰安旅行に拳銃を持ってくるなんて、いい年した大人が思うわけない」
「じゃあ、あれはとっさに思いついた嘘ですか」
「ヘタな嘘だ」
「だったら本当に盗みが目的だったってことですか?」
服部はゆっくりと煙草の煙をくゆらせた。
「それも違う。だいたい何が面白くてわざわざ警察官の部屋なんかに盗みに入るんだ。どう見たって、俺たちより他の客の方が金持ってそうに見えただろ」
「確かに」
「それに俺が部屋で若旦那を見たとき……荷物が置いてあった床の間の方には行ってなかった。その前を素通りして、まっすぐ歩いて行ったんだ」
その時の記憶を辿ってみると、彼の行動はさらに不可解に思えた。
「何か……俺達の部屋にある何かが目的だったんだろうが……こんな夜中に忍びこんできたのも分からないな」
ロビーに飾ってある柱時計に目をやると、午前一時だった。
「忍び込むなら、やっぱり夜中なんじゃないですか?」
安藤の言葉に、ジロリと睨みをきかせる。
「俺達の部屋に入りたいのなら、宴会中が最適じゃないか。数時間は誰も戻ってこないんだ。物色したい放題だろ。それなのにわざわざ全員がいる夜に……」
「あっ、そうですね」
やっと気が付いた安藤は、肩をすくめた。
「宴会が終わったあと……そんな時間に部屋に来る必要があったのか……?」
服部が煙草をくわえたまま、腕組をして考えていると
「若旦那を追及して、喋らせればよかったじゃないですか」
と安藤が言った。
そうすべきだったのかもしれないが、物取りでもなく、自分達に危害を加えるでもない若旦那を追い詰めても、また別の嘘をつくか黙り込むかだという気がした。
自分たちが今は非番であるし、女将も含め反省の意が読み取れたので今回だけは不問としてもいい、と判断したのだが、しかし真意が気になるのは事実だ。
最初のコメントを投稿しよう!