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「可愛い子だったのよ。若旦那ともいい仲で、いずれは結婚して若女将になるって話だったのにねぇ」
あまり深く聞く気はなかったが、若旦那の話が出てきたので途端に興味をそそられた。
「もしかして、彼の部屋に飾ってあった写真はその人ですか」
さきほど行った若旦那の部屋に、自分と同じくらいの年齢の女性が花を抱えて微笑んでいた写真があったのを思い出した。
仲居は、そうそう、と相槌をうち
「あの時は若旦那、もう見ていられないくらい打ちひしがれてね。しばらくは仕事もできなかったくらいなのよ。一緒に花や鳥を見て楽しんでいるような、仲のいい二人だったのでねぇ……」
と同情を含んだ声で言った。
「その幽霊が現れるのはいつも決まった日ですか。例えば命日とか」
もしや若旦那は、恋人の姿を見たくて部屋に入って来たのではないかと思って尋ねてみると
「んー……いいえ、いつもバラバラだわね。わりと夏に偏ってはいるけど、そういう話ってたいてい夏じゃない?」
という期待外れの答えが返ってきた。
康子という幽霊がいつ現れるのか分からないのでは、警察官の泊り客という大リスクを背負ってまで今夜、部屋に侵入してきた意味がわからない。
途端に黙り込んで何事かを考えだした服部を、仲居は不思議そうな顔で見ている。
しばらくすると、動かない服部を諦めて仲居はその場を去ろうとした。それを呼び止めた。
「彼の部屋にあった康子さんの写真ですけど――」
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