第1章

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服部が一本差し出し、マッチで火をつけてやると若旦那はそれをうまそうに吸って、暗闇の中に白い煙を吐き出した。 ユラユラ漂う煙をしばらく目で追ってから、若旦那は続けた。 「その後、みんなが康子を見たという日の共通点に気がつきました。仰る通り、月下美人が花開く夜だったのです。生前、いつも私と一緒に見ていたんですよ」 「しかしあの花は年に一度しか咲かないと聞きましたが」 「それは誤解です。手入れさえ良ければ、年に二回以上咲く場合もあるんです。それでも咲いてる時間は夜から明け方までの短い間だけです。 その間の、日付が変わる頃、康子は花を愛でに来るのです。生前と同じように、私は二人でそれを楽しみたかった」 若旦那は思い出に浸るような、遠い目つきをした。 「あの花をご自分の部屋に持って行ってはダメなんですか」 その質問には残念そうに首を振る。 「やってみましたがダメでした。康子はあの部屋の担当でしたし、あの部屋で亡くなった……あそこに想いが残っているのかもしれません。あの部屋で月下美人が咲く夜だけ……その時だけが彼女と会える時間です」 若旦那は寂しげに言うと、ゆっくりと服部の方へ向き直った。 「信じられないでしょう、こんな話」 服部は黙ったまま、肯定も否定もしなかった。 それをどう受け取ったか、若旦那は自嘲的な笑みを浮かべて煙草を灰皿にもみ消した。 「ともかく、私の個人的なことで刑事さんたちにご迷惑をおかけしたことは本当に反省しております。申し訳ございませんでした」 若旦那はそう言って席を立とうとした。 「俺は」 それを阻止するように服部が声を出す。 「あなたには見えるというなら、それでいいと思います」 若旦那は真顔になって、しばらく服部の顔を見つめていた。 やがて完全に椅子から立ち上がり、頭を下げてロビーをゆっくりと立ち去った。
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