第1章

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一泊の旅行など、瞬きをしている間に過ぎてしまう。 翌朝、屍のように真っ青な顔をした団体が重病人のように足をひきずり、誰かの肩を借りてやっとの思いでバスに乗り込んだ。 まるでどこかの老人会の旅行のようだ。 矢吹の肩につかまった佐々木は、そのまま共倒れになった。 見ないフリをしていると、服部ぃー! 助けてくれよ、コノヤロー! はっ・と・り・ぃー! と大声で名指しされた。 俺に何か恨みでもあるのか! と叫びたいのをこらえ、起こして肩をかしてやる。 最後にバスに乗り込もうとした服部に、女将が近寄って来て意味ありげに深々と頭を下げた。 若旦那は何か言いたそうに目に力を込めていたが、やがて同じように「ありがとうございました」と丁寧に述べ、頭を下げた。 「また来年、お目にかかれることを楽しみにしております」 ******* 車内は一面、背もたれにグッタリと寄りかかる男たちで溢れていた。 座席から崩れ落ちて、変な体勢で固まっている者もいる。 そんな様子を見て、女性添乗員が「ざまあみろ」という顔をしていた。 服部は来た時と同じく最後尾に座りながら、今度はビール缶が飛んで来ないことに安らぎを感じていた。 来年は何がなんでも絶対に来ない。 それは隣の安藤も同じ思いだったようだ。 「僕、来年は病気にでもなることにします」 そう言って、寝不足でツヤを失った頬をピシャリと叩いた。 このあと、東京に戻る前に大涌谷に寄って、最後の観光をする予定だ。 おそらくバスから降りるのは数人だけだと思われるが、服部は考えていた。 あそこの名物は、一つ食べると寿命が七年延びると言われている黒たまごだ。 この一泊で一気に十歳ほど老けたような気がする。 黒たまごを二つ食べておこう。 image=482911293.jpg
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