第1章

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慰安旅行には毎年同じ宿「紡ぎ屋」を利用している。 創業七十年の和風旅館で、ひなびた佇まいが中年警部たちの人気を集めているようだ。 服部は去年に続いて二度目だったが、来たくはなかった。 だが知らない間に勝手に参加手続きをされており、上の命令は絶対なので渋々やって来たのだ。 ギラギラした夏の日差しを浴びながらバスを降りると仲居たちがサッと現れて、ようこそいらっしゃいませ、と声をあわせた。 そのあと女将が現れて、うやうやしく頭を下げると顔馴染みの警部補たちに笑顔で挨拶をしていた。 女将は六十手前の未亡人だと聞いているが、商売柄のせいかもっと若く見える。 うぐいす色の着物を隙なく着こなし、立ち振る舞いも美しいところが中年心をくすぐるのだそうだ。 それから隣で愛想良くニコニコと出迎えてくれたのが、女将の一人息子であり若旦那でもある、三十代半ばあたりの男だ。 皆が「若旦那」と呼んでいるので本名は知らない。 「あらあら、皆さんもう出来上がってらっしゃるの?」 赤ら顔の面々を見て、女将が苦笑しながら言った。 「なんのこれしき! 準備体操みたいなもんよ」 上機嫌な佐々木が言う。 「では、まずはお部屋で少しお休みになって、それからぜひ温泉で汗を流して下さいな」 女将の言葉を合図に、控えていた仲居たちが客の荷物を預かり始めた。 服部たちは総勢二十人。四人ずつ五部屋に振り分けられた。 服部たち若手は六人いたが、皆バラバラに各部屋に振り分けられている。 やっぱり、と思った。 安藤は無邪気に、別の部屋ですねー、と言っていたが夜になれば理由がわかる。
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