第1章

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服部が通された「桔梗の間」は典型的な和室の客間で、小さな玄関の先に十畳ほどの部屋があり、その奥の襖を開けると畳一枚半程度の狭い空間にテーブルや椅子、小さな冷蔵庫があった。 窓からは箱根の美しい景色が絶好の位置に見える。 今日はよく晴れていて雲がなかったため、遠目にではあるが富士山の雄姿もハッキリと拝めた。 口々に、おーいいねぇー、などと言いながら床の間に荷物を置く。 富士山に目を奪われて気づくのが遅れたが、テーブルの上に白いつぼみをつけた鉢植えが一つ置いてあった。 白く濡れ細ったような、ふっくらとしたつぼみから少し白い花びらが覗いており、その後ろからモヤシに似たものが四方に向かって何本か伸びている。 もちろん服部にはこれが何の花なのか分からない。 言うまでもなく、他の連中も知っているはずがない。 そこに中年の仲居が、お茶を淹れにやって来た。 お疲れ様ですね~、などとにこやかに言いながら四つの湯呑に茶を注いでいく。 なんとはなしに鉢植えのことを尋ねてみると 「ああ、それは月下美人ですよ。全室に飾ってあるんですけどね」 と答えた。 「月下美人! 美しい名前ですなぁ。人間の女性にもぜひそうであってほしいもんです」 相部屋になってしまった佐々木がわざとらしく言う。 荷物の整理をしていた矢吹巡査部長がそれを聞いて 「知ってますよ。確か一年に一度、一晩しか咲かない花なんですよね。その儚さがなんかいいですよね」 と言った。 仲居は相槌をうちながら 「皆さん、運がよろしいわぁ。その月下美人は、たぶん今夜咲きますよ。咲くときに、花びらが開く音が微かに聞こえることもあるんです」 と品良く言って、ではごゆっくりと部屋を出ていった。 それから服部が荷物を床の間に置くと、かけられていた掛け軸がズレた。 直そうとして掛け軸を持ち上げ、思わずその手が止まる。 後ろの壁に、御札が貼ってあった。 ……出るのか、ここ。 しかし何が出たところで怖がるような面々ではない。 服部は何事もなかったかのように掛け軸を元に戻した。
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