第1章

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風呂を心ゆくまで堪能したあとは、お楽しみの宴会だ。 三十畳ほどの広さの宴会場には、すでに準備が出来上がっていた。 お膳が十ずつ向かい合わせで設置されており、目上の順から上座へ座っていく。 服部たちは入り口に近い下座へ座る。 仲居たちが日本酒やビール瓶を運んできて、まずは酌をしてくれたが、いずれも皆、五十は過ぎているだろうベテランばかりだった。 「先輩」 隣の席の安藤が、耳打ちしてくる。 「ここの仲居さんて、全員おばさんばかりなんですかね」 「若い子もいるよ」 服部は、乾杯の音頭を待ちながら答えた。 宿に入ってから何人か若い仲居が忙しそうに歩き回っているのを見かけた。 だが自分達の宴会場には決して現れないことを、服部は知っている。 安藤が納得いかないような顔をしたとき、上座にいた野上警部が立ち上がった。 一言二言、日頃の労をねぎらうと、ビールが注がれたグラスを高く掲げて「乾杯!」と声高に言った。 続いて野太い「乾杯!」の声があがると、いよいよ本格的な宴会が始まった。 ピッチが速い。 アッという間にあちらこちらでカラのビール瓶が転がされ、仲居たちが息つくひまもなく次の酒を運んでくる。 飲めや歌えやの大騒ぎになるまでに大して時間はかからなかった。 宴会場にあった8トラックカラオケに千鳥足で近寄った佐々木が、歌いまーす! と高らかに宣言して「小指の思い出」を歌い始めた。 またか! 去年もこれ歌っただろうが!  服部はうんざりした。 できることなら煮物のコンニャクを耳栓替わりに詰めたいくらいだ。 五十を過ぎた小太りの佐々木が、あなたが噛んだ小指が痛ぁい~、などと実際に小指を立てて大熱唱する様は間抜けだ。 何しろこの旅行に来る数日前、取り押さえたコソ泥が佐々木の小指に思い切り噛みついて、食いちぎられそうになったばかりだ。 今でもその小指には絆創膏が貼ってある。 それなのに、よくこんな歌を歌えるな。 安藤の箸が小刻みに震えているのが分かる。
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