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「それでも……いい」
屁理屈が出た。だけど、確信のある屁理屈だ。僕の思いはきっと、いや絶対に、アリシアの願いと同じだ。
目を向ける。正直に、嘘偽り無く自分を信じた時の目はまっすぐだ。アリシアはいつもそんな目をしていた。それを今、女に向けてみる。女の目は虚ろで、宙を泳いでいた。
「僕は臆病者だ。だからアリシアの後を付いていくばかりだった。だけど、さっきの涙を見て分かった。アリシアも恐かったんだ。強がってはいたけど、アリシアも人間だから。殺人鬼なんかじゃない、僕と同じ人間だ。そう考えると、今まで自信を持てなかった自分がバカらしく思えてきてさ」
埃っぽい空気を、大きく吸い込んで、もう一度口を開く。
「だから、信じることにした。理由や証拠が無いと、誰かを信じられなかった自分はもう捨てた」
この数週間、アリシアと出会ったことで経験した数々の別れ。そのどれもが、いくら願っても二度と口を交わすことの出来ない別れだった。母さん、まつおばちゃん、カツさん…………たくさんの離別の涙が、いつの間にか僕をたくましく育て上げていた。
「だから僕は──」
ズボンのポケットに右手を入れた。冷たく硬い質感が指に触れる。
「自分の信じた道を行く」
ポケットに仕舞っていたナイフを取り出すや否や、僕は女目掛けてその刃先を突き出した。
ザシュッ。赤い飛沫が飛び散り、指先に肉を抉る感覚が伝わる。
──仕留めたか?
しばらく沈黙が続く。この時間が、僕には永遠のように長い時間に思えた。
「武術慣れしてない坊っちゃんがナイフなんて物騒なもの使うんじゃないわよ。目を瞑って急所が狙えるわけないでしょ」
女の呆れ声が聞こえた。ゆっくりと目を開くと、僕の放った刃はソファーを貫き、机の上にはコーヒーが飛び散っていた。女は手の甲で僕の腕の進路を変えていた。
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