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 どれくらいの時間が経っただろう。  顔に生温かく湿ったものが触れた感覚がして、勢いよく身を起こす。まだ辺りは暗い。見上げると、真上に満月が見えている。 (今……何か触った……?)  周囲を見回すが、特にこれといったものは見つからない。 (……気のせい?)  しばらく惘然と辺りを見回していたときだった。  足先を柔らかいものが撫でる感触。  下を向くと、真っ白な毛並みのいい猫がいた。野良猫だろうか。  膝上に抱き上げ、そっと撫でてみる。柔らかい毛と心地よい温もりが冷え切った指先に伝う。  どれほどそうしていただろう。  足の痛みも和らぎ、手先の感覚もおおかた戻ってきた。  すると猫は太股から飛び降りて歩き出す。  広場の入り口辺りで振り返り、こちらをじっと見つめる。ブルーの澄んだ視線と私の視線がぶつかる。  猫は見つめたきり動かない。 (……〝ついてこい〟ってこと?)  どうにでもなれ、とゆっくり足を踏み出した。  舗装された道から曲がり、土が見えている細道へ。  気付くと暗い木々の間隙を縫って進んでいた。  私よりも速い足取りで先へ進む猫は、時々立ち止まっては振り返り、近付けば更に闇の深く深くへと入り込んでいく。足の痛みも忘れ、更に奥へ奥へと引き込まれていく。不思議と恐怖心も、疲れも、感情とか感覚とかいったものは、全く湧き上がってはこなかった。  小さな陰が、動きを止める。  前のただ一点を見つめる蒼色の視線に合わせて顔を上げる。 「人間の連れとは珍しいな、シロ」  見上げた視線の先に捉えたのは、背の高い痩せた陰。今の声からすれば若い男性だろう。暗闇の中でその姿はあまりに薄く、今にも見失ってしまいそうだ。 〝シロ〟と呼ばれた猫が媚びるような鳴き声を上げると、陰は慣れた手つきでそっと抱き上げる。その滑らかな動作に見惚れていると、陰は立ち上がって歩き出す。その後を追おうか否か躊躇していると、 「……お前も来いよ」  振り返ることなくぶっきらぼうに声を掛けた陰は、見る見る遠くへ離れていってしまう。薄暗い夜闇の中で薄い影がさらに霞んでいく。 「待っ……て……」  呼び止めようとする声も掠れ暗闇に溶け込み、陰には届かない。返事はおろか、風が木を撫でる音の他には何も聞こえてこない。不安と恐れが身体中の力を奪い、その場にへたり込んだ。
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