きゅうり

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≪すきなたべもの≫  にく。 ≪にがてなたべもの≫  やさいぜんぶ。  幼稚園の“じこしょうかいかーど”のある項目に、一切の迷いも見せずにそう記した俺に向けられたのは、全園児憧れのリコ先生の苦笑いだった。  卒園式を終えて返ってきたカードには、やはりリコ先生の「すききらいをなくしましょう」の文字があった。 ◆◇ 「……此処は何処だ……?」  青々とした草原の大地。其処に俺は横たわっていた。  生い茂る木々から射し込む柔らかな木漏れ日が俺を照らす。木が枝を揺らして葉を擦らせる音と、ぴち、ぴちちと甲高く鳴く小鳥の声。僅かに覗く青空には、自由に、気持ち良さそうに羽ばたく大きな鳥の姿。  可笑しいな。俺は昨夜は野宿なんかではなくちゃんと自分の部屋のベッドに入って眠ったはずなのだが。それとも夢遊病の気でもあったのだろうか。なんにせよ早く帰らなければ。そして精神科へ行って診察を受けなければならない。 「携帯は、やっぱりないか」  前にパジャマのポケットに入れたまま寝たら翌朝には何故か逆パカ状態だったから、それから手元に置かないようにしているんだった。  近くに公衆電話があったとしても金は持ってない。民家があるかわからないし、あったとしても電話を貸してもらえるかはわからない。俺だって早朝に家をパジャマ姿で訪ねてきた怪しい男子高校生に電話を貸したくなんてない。  ……これじゃあ誰かに迎えに来てもらうことは出来ないか。仕方ない、歩いて帰るしかないな。しかし、帰るにしてもそもそも此処は何処なのか。 「……ううん……」  思わず唸る。  子供の頃は自分の足と自転車で探検と称したお散歩に出かけていた。だが、探検王とまで恐れられた俺に、まさかこんな未開拓の地があろうとは……。恐るべし、近所。侮れないな。  何か看板のようなものはないかと見渡しても見つからない。それどころか、この森には人の手が加わった気配が一切感じられないのだ。
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