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「ほりかえせー!」
教員の号令のもと、まだ年端も行かぬ小学生が、一生懸命に木の棒を突き立てた。目標は松の木の根本。棒を持たぬ生徒は、素手で土を掘り返している。
松といってもすでに切り株の状態で、学校中の生徒がそれを掘り返そうとしていた。
「なんでこんなことをしなきゃいけねーんだか」
「しっ。そんなこと言って、先生に聞かれたらどうするの」
掘れもしない固まった土に嫌気がさした少年の軽口を、同じく手を真っ黒にした少女が咎めた。
少年は全くそれを気にしていないようだ。
「だってよ。こんな木の根っこを掘り返して、なんの役に立つってんだよ」
「あ~、ちゃんと聞いてなかったんでしょ。これで燃料が作れるんだって、先生が言ってたよ」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
少女がそういうなら間違いないだろうと、少年は納得して土に手を突き立てる。
「いってえ、突き指した!」
「こうるあぁ山本。さっきからうるさいぞ!」
「すみません、突き指しました!」
「それはお前が軟弱だからだ!」
軟弱なことと突き指をすることに、なんら因果関係はない。むしろ、それほどまでに松の根を掘り返そうとしたのだから、根性があるといえる。
それが一番分かっていたのは、ほかの誰でもない先生自身だった。
山本が不穏なことを言っているのを聞いて、注意するようにと校長からの指示を受けたのだが。彼に悪気がないことを知っていたので、当たり障りのないことで叱って、その場を誤魔化したのだ。
「分かったか!」
「はい!」
それだけを言って、先生は引き返していった。
「うわぁ、おっかなかった。なあ田辺?」
「うん……」
田辺と呼びかけられた少女は、先生のことが苦手だ。先生だけでなく、当時の大人のことはみんな苦手だった。
今学校に残っているのは、何かしらの事情で疎開が出来ず、東京にとどまっている者たちだ。本土爆撃に備えて友人が次々と離れていく中、この学校の生徒はは複雑な心境でそれを見送っていた。
「ずいぶん減ったな」
山本が口を開いた。
言うまでもなく、級友のことである。
「うん」
「実はさ、俺―――」
「終了!朝例題の前に、駆け足ッ」
山本少年は、田辺にそれを伝えることができなかった。
こうして山本勘介は、田辺はなに別れの挨拶もせず、奥多摩に疎開することとなる。
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