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それから毎日、山本は木を増やす術をひたすら身につけた。林も仕事の合間を縫って、一つずつ技能を伝えていく。
林にとってはそれが天明であるようにも思えたし、それを否定するものはそこにはいなかった。
「君はどうして、植木の仕事を覚えようと思ったのですか?」
ある時、林は山本に問いかけた。
元はといえば、彼が疎開先のお寺から逃げ出したことがきっかけとなったのは疑いようがない。そして、二人で過ごすうちに、林業に興味を持つというのも自然な流れだ。
しかし、それだけが理由なら、ここまで真面目に取り組んでいることの説明がつかない。
「ここに来る前、俺は都会の学校に居たんだ。戦争が長引いて、そのうち街中の木の根っこを掘り返すようになって。いつの間にか、ほとんど木がなくなってた。だから俺、いつか木を植えなおそうと思って」
「そうですか」
「家族みんなで、一回だけ花見をしたんだけど、その木も掘り返されてた。戦争が終わったら、みんなで花見がしたい」
「そうですか」
子供の戯言と片づけるには、あまりにも真摯な願い。それをどう評しても、薄汚れた大人の言葉になってしまう。そう思った林は、ただ頷くだけだ。
戦争がこの先どうなるのか、迂闊なことは言えない。単純に知らないからでもあるが、それでも状況が良くないことくらいは分かる。そうでなければ、なぜ疎開などをする必要があったのか。
孫の年ほどの少年に贈る言葉を、林は真剣に考える。
そして、ようやくそれを決めたとき―――
「ぃへんだー!」
山の上のほうから、寺の手伝いをしている男の声が聞こえてきた。
周囲の草をかき分け、転げるようにしてやってきた男。かすれた声で大変だと連呼するばかりで、まったく要領を得ない。
「まあまあ、信さん。落ち着いてください」
「ぜぇぜぇ、こ、これがおちついてなんて、ぜぇ、いられま、せんよ」
「どうかなさったんですか?」
「……ぜぇ……ぜぇ。……東京で、大規模な空襲があったそうで」
その瞬間、林は頭をガンと殴られたような気がした。
状況が悪い悪いとは思っていたが、まさか東京が襲われるとは。こんな山奥に伝わるほどなのだから、よほど被害が出たに違いない。
「そ、そんな……」
そばで話を聞いていた山本は、何かを振り切るようにその場を走り出した。傾斜のついた道を、必死に下っていく。
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