第1章

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マイクがそこまで。 次は私が歌う番。 歌えないのに。 あ~ エンディングメロディー、 いよいよ、 どうしよう。 一瞬真っ暗。 気が付いたら、 気が付いたら私、 病室のベッド。 どうして? だんだん意識がはっきり、 そうだ、 大阪に転勤が決まった 先輩の送別会だった。 スナックを貸切で12,3人 そこにはカラオケがあって、 誰からともなく 自然と歌いだしていて、 順番にみんな歌って、 誰かが「一曲ずつだぞ」って どなってて、 その1曲すら私にはないのに。 「アイコ、気が付いた?」 ベッド脇には送別会の 主役の先輩がいた。 「先輩!?」 「びっくりしたわよ、  急に倒れるんだもん」 「すみません、先輩の送別会」 「いいのよ、そんなこと。  今までみんないたんだけど、  帰ったところ」 看護師さんが入ってきて どうしてこうなったかを 説明してくれた。 極度の緊張から失神状態で、 倒れたそうだ。 皆はわけがわからず、 あわてて誰かが救急車を 呼んだそうだ。 そうだよね。 私だってそうするだろう。 失神状態の私は 担架に乗せられ、 救急病院に 連れてこられた。 軽い安定剤で少し眠ったので、 もういつ帰ってもいい、と言う。 「起きられる?」 すべての手続きを 先輩はしてくれて、 私の荷物まで 持ってくれて、 病院の夜間緊急出入口まで 来てくれた。 一緒にタクシーに乗って、 私のうちまで送ってくれると言った。 私のうちに着くと、 「もう大丈夫ね、私はこのまま  乗ってくわね」 先輩のうちはここから そう遠くない。 私は心からお礼を言って、 先輩のタクシーを見送った。 玄関のオートロックを開けて、 安全な私の部屋に戻った時は、 もう今日も終わろうとしていた。 眠ったせいか、 心は落ち着いて、 いや、 歌わなくてすんだから 落ち着いているんだ。 送別会を台無しに してしまった自分を恥じる。 長い一日だった。 まずは眠ろう。
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