第1章

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男はゆっくり目を閉じると、私の中に己を沈めた。 一瞬、海の底に沈められたような息苦しい感覚が通り過ぎると、 後は下腹部からせり上がるものに身を任せながら私は昇りつめるだけだった。 部屋中に立ち込める甘夏の酸味のある匂いと、 汗と埃に混ざった布団の饐えた匂いに頭が朦朧とする。 規則正しい旋律が男の部屋で響いた。 私は耐えきれられなくなって首を横にして仰け反ると、 悲鳴にも似た喘ぎ声がでる。 男は私の頭を抱え込むと、その声を飲み込むように私の唇を塞ぎ、 くぐもった私の声は全て男の舌が絡め取った。 すると、おもむろに私の両脚が天井に向かって伸びる。 私の脚の間に挟まれた男が、私の両脚首を掴んでいた。 男は私を蔑むような表情で一瞥すると、 ぐっと腰を掴んで力いっぱい打ち付けた。 飛んでいきそうな意識の中、私は記憶を辿る。 部屋中立ち込める甘夏の酸っぱい匂いと、煮物の醤油の焦げた匂い。 天井に向かって真っ直ぐに伸びた母の白い脚と、 窓から入り込む日の光を溜めた、真っ白なワイシャツの背中。 ワイシャツを細い腕が頼りなげに掴んで、ため息に似た吐息が漏れる。 私は幼かったけれど、母が何をしているか分かった。 一目散に玄関に戻り、そっと鍵を閉め再び外へ向かう。 口の中がカラカラに乾いて、心臓がこれでもかというぐらい跳ねていた。 あの背中は、父のものではなかった。 男の旋律が速くなり、お互いが昇りつめていくのがわかる。 私は男の背中に頼りなげに手を回すと 男のリズムを失わないように腰を少し上げ、 男の腰をぴったりと両脚で挟み込んだ。 海の底から、地上の明かりが漏れ出す。 すると男が小さく呻き声を上げ、私達は力なくその場にへたり込んだ。 男は、私の額に汗でこびりついた髪の毛を丁寧に梳くと、軽く唇に触れた。 慈しむような眼差し。 私は・・・・ この男に触れてはいけなかったのかもしれない。 この男は禁断の果実だった。
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