揺れる心

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どれくらいの時間が経ったのだろう…薫は、長野の腕に抱かれているのに、気づいた。 「長野さん、わたし…」言葉を継ごうとした時、彼が目を合わせる。 「もう少しこのままでいようか…」「…・」 薫が顔を上げると、ぱらりと落ちた前髪に彼の手が触れる。そして首筋から頬へと優しく辿っていく… 薫が、長野の手に躊躇いながら顔を押しつけると、彼は応えるように頬を包み込む。離れなきゃ…とわかっていても、足が思うように動かなかった。 【報われない想いなら、胸に秘めたままでいいのよ…】 【ハンサムな彼と過ごしたこのひとときを、大切な思い出にするわ。彼は、プリンセスのように扱ってくれた…これだけで十分…。】 すすり泣きになる顔を見られたくなくて、薫は視線を落としたままだ。 てのひらには、まだ艶めかしいキスの感触が残っている…彼はかすかに唇を触れただけで、忘れられない記憶を刻んでしまった… 「君をこのまま帰せない…」「好きなんだ…」 薫は、一瞬耳を疑う。「えっ!」「わたしを?」 「そう、薫さんが忘れられない…」 「昨夜かけた電話で、君が涙声になった時に、もう隠せないと思った…」 長野は、涙の跡がついた薫の頬をそっと包むと、親指で軽くなぞる。 「この店を出たら、連れて行きたい場所があるんだ…・」 彼は、薫を見つめて答えを誘う…「来てくれるかい?」 「ええ…」「うれしいよ」掠れた声で耳もとに口を寄せる。 そして長野は、引き寄せた薫の体をもう一度、きつく抱き締めると、背中にゆっくりと手を滑らせた。 「ごちそうさまでした…」「またいらしてくださいな…」 笑顔の女将をはじめ料理長と仲居頭に見送られ、2人は店を出た。 薫は、彼の少し後を歩く。長野から思いがけない告白を聞かされて、はっと息を呑んでしまい、答えられなかった…。 【彼がわたしを好き?】前を歩く彼の背中を追いながら、繰り返してみる… 【信じられないわ!】 先に駐車スペースまで来た彼が、待っているのに気づいた薫は、おぼろげな気持ちを抱えたまま、ライトパープルのプリウスの助手席に乗り込んだ。
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