揺れる心

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長野が連れて来たのは、海の見える高台の公園だった。 プリウスを滑らかに縁石沿いに停めると、彼は助手席のドアを開け、薫の手を取る。 駐車場には、LED蛍光灯の淡い影が伸びていて、フェンスに囲まれた展望スペースまで、手を繋ぎ歩いて行く。 「この場所から、東京のイルミネーションを見たかったんだ…」 展望スペースにあるベンチの一つに腰かけると、長野は隣にいる薫の肩を抱き寄せて、耳もとで囁く。 遠くで汽笛も鳴っていた…様々な色の光のサーチライトが、光の輪を作り、春まだ浅い空に赤や青や緑の色がきらめいている… 「きれいだわ…まるでダイヤモンドダストみたい!」 薫は、少し舌足らずの甘えた声で、呟いた。 その声を聞きながら長野は、被せて言う。「君の方がきれいだよ…」 薫は、抱き寄せられた肩を震わせ、彼を見上げる。 エネルギッシュで、危険な雰囲気を纏う男性を、どのように表現したらいいのだろう? 長野の日本人離れした高い鼻や、顎のライン、モスグリーンのジャケットの下に着ている、レモンイエローのシャツに包まれた筋肉質の体から漂う磁力に、抗うことは薫には、できなかった… 「僕が嫌い?」長野は、薫の右手を引き寄せて問いかける… 「嫌いだなんて…ただ信じられないだけ…」 長野の温もりに包まれた時、薫はフラッシュランプで、視界が遮られたように感じた…彼の右手が重なると、一瞬体に電流が走る… 彼の瞳に潜むどこまでも深い力に、危ういと判っていても、引き寄せられていく…。 薫は言葉の代わりに、長野の右手を両手で包んだ。そして彼を真っ直ぐに見つめる…言葉に出すと溢れそうになる想いを、汲み取って欲しかった… 薫が握り返した手の温もりは、長野には新鮮だった…今まで出逢った女性にはない慎ましさがあるなと、再会した時に感じた。 なぜなら、芸能界でも飛ぶ鳥を落とす、勢いのある大手事務所に属して、揺るぎなきスターであり続ける彼を、虎視眈々と狙っているのを、嫌と言うほど見て来たから… 坂本が言っていた【芸能人としてでなく、一人の男として自分に向き合ってくれる存在】になって欲しかった… 薫の存在が、満たされることのなかった女性に対しての感情を、リセットしてくれたのだと思う。
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