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薫は、長野が迎えに来てくれると聞いて、納まっていた鼓動がしだいに高まって来ていた。
【仕事先の担当者として、誘ってくれただけのこと…】と思い込もうとしたけれど、彼の眼差しに吸い込まれそうになるのを、隠すことはできない。
美優が言った【彼も緊張している】ということは、あるのかな?と待つ間、ぼんやりと考える。
そんな時、薫のスマホがリズミカルに鳴る。画面には、彼の番号があった。
「今、会社近くに停めているんだ…」
「ライトパープルのプリウスが、玄関出たら見えると思う。」
薫は、玄関から出て、車に駆け寄る。助手席の窓をノックすると、彼は、微笑んでドアを開けてくれた。
「こんばんわ。」
「お疲れのところ、ありがとうございます。」
「こんばんわ。」
「いや…こちらこそ、ありがとう。」
「この近くに美味しい和食の店、見つけたんだ…」
「苦手な食材あるかな?」
「いいえ、ないです…」
「よかった…」
助手席にいる薫は、彼の横顔から目が離せない。しなやかな指先でハンドルを操るその姿は、この前の打ち合わせの時よりセクシーだった。
きめの細かい端正な顔立ちの彼を、こんなに間近に見ているなんて、今でも信じられない。
さらに、低いはっきりした声で、話しかけられると、これは夢じゃないと現実に引き戻された。
それとは反対に長野は、助手席にいる薫を、できるだけ気にしないようにしていた。
肩にかかる黒髪の匂いが、彼をふわりと包んでいく。
三宅が、さっきのインタビューで答えた「僕は、女性の髪の匂いですね…」「洗い立ての髪の香りにゾクゾクするんです…」とは、まさしくこの状況だったんだろうな…と腑に落ちる。
彼女は緊張しているのか、口数が少ない。信号で停まった時、チラリと顔を向けたら、恥じらうような視線が返ってくる。
続けて「もう少しで着くから」と伝えると、「はい…」と甘えた声で答えた。
長野が、その夜連れて来たのは、都内とは思えないほど、静かな木立に囲まれた一軒の和風レストランだった。
「着いたよ…」と声をかけると、薫は頷いて車から降りようとした。しかし立ち上がる時、駐車スペースの縁に躓き、よろめいてしまった。
「危ない!」「大丈夫?」彼が手を差し出した時、駐車場の灯りで彼の姿がシルエットになる。
少し日焼けした肌に黒っぽい瞳で、見つめられて薫は、頬が熱くなり口が渇き出した。
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