揺れる心

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「掘り炬燵のある和室を、予約してくださったんですね…」 「うん、僕は畳の匂いが好きなんだ。和室の方がくつろげるのもあるけどね…」長野は、愛しむような眼差しを薫に向けた。 薫は、その視線に気づかないふりをして、靴を脱ぎ、備え付けのポールスタンドにコートを掛けようとする。 その時、先に掘り炬燵に腰かけていた彼が、すっと近寄り薫のコートを掛けてくれた。 薫は、そのさりげない仕草に胸が熱くなる。少し遅れて、「ありがとう」と言うのが精一杯だった。 「気に入ってくれたようだね…」「はい、こんなお部屋で食事できるなんて思わなかったから…」 彼の真向いに腰かけた薫に、長野は言う。「君とゆっくり話したかったんだ。ここなら落ち着いて話ができると思って。」 「えっ!」薫は驚きの声を上げる。「仕事の打ち合わせも、兼ねていると思っていました…」 「もちろん、それもあるけど…」彼は薫に、さっきより切ない視線を投げかける。長野の黒っぽい瞳に見つめられて、薫の体はまた火照り出す。 「失礼します。お食事、お持ちしました。」女将自ら配膳を、してくれた。 女将に続いて、上品な仲居頭も顔を見せ、熱々の料理を並べていく。 「お久ぶりですね…長野さん」「ようこそいらっしゃいました。」 春らしい和服姿の2人の女性に挨拶を受けると、長野が微笑む。 「この店の料理を、彼女に食べさせたくてね…」 「ありがとうございます!」「長野さんから、ようやくこの言葉を聞けましたわ!」 「長いお付き合いですが、そういった意味のお食事なら、お任せくださいな!」 2人の女性は、薫に穏やかな笑みを返して、部屋から出ていった。 「あの…」薫は彼に問いかけた。「お2人が言っていたそういった意味のお食事って?」 「気になる?」「ええ…」 「食事が済んだら、話してあげるよ…」長野は、意味ありげに答えると、薫に先付として出た【桜海老と春野菜のサラダ】を勧める。 「この店に来るようになって、10年になるんだ!」 「先代の女将を紹介されて、よくプライベートな相談も持ちかけたな…」 「そんなに長いお付き合いなんですね…」薫は、箸を進めながら頷く。 「洗練されているけど、どこか懐かしい味ですね。」 「君が京都在住だから、ここなら落ち着けるだろうな…と思ってね。」 「こんな美味しい料理、初めてです!」薫は顔を真っ赤にして俯いた。
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