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泣き止み、再び歩き出したクジナの顔は晴れやかだった。
妖艶な色気は色褪せたが、毅然とした美しさを讃えた女。生前、あの人の前だけで見せた本来のクジナの姿だった。
「なあ……あの世に行っても、あの人は今、転生してて逢えないかも知れないぞ。その時はどうするんだ?」
「待つさ」
じっと辰也を見つめた。
「こうしてお前と巡り逢えた。
だから私はいつまでもあの人を待つことが出来る」
そう答えて、ニヤリとクジナが笑った。
二人を取り巻く桜並木が終わりを告げた。
前方には突き抜けるような青空の下、お堂がポツンと建っていた。
お堂の周りの空間が歪んでいる。
お堂が瓢箪への入り口となっていることが、辰也にも見て取れた。
「どうやら終着点のようだな。
世話になった。
見送られるのは苦手だ。
……もう帰って良いぞ」
さばけた口調でクジナが言って「あっ!」と思い出したように叫び声を上げた。
「どうした?」
辰也が尋ねるとクジナが照れ臭そうに笑った。
「お前は魔法使いだからな。
一つ頼みがある。聞いてくれるか?」
「何だ?」
「桜と言えば花見。
花見と言えば出店だろ?
林檎飴。林檎飴を一度食べて見たかったのだ。あれは私の時代には無かっ……」
言い終える前に、クジナの左手には真っ赤な林檎飴が握られていた。
クジナは嬉しそうに林檎飴を見つめ、口に運ぶが、すぐに困った様子で辰也を見た。
「歯が立たぬ。どうやって食べるのだ?」
「最初の一口が食いづらいんだ。貸してみろ……ほら!」
そう言って辰也はクジナの持つ林檎飴を、一口かじり取ると、そのまま口にくわえて、クジナの口元に近づけた。
クジナはためらった後、林檎飴を貰おうと唇を近づけた。
辰也はクジナに唇を重ねながら、舌先で林檎飴をクジナの口に押し込んだ。
「お別れのチューだ」
ニヤリと辰也が笑った。
ガリガリガリ……
苛立ったように、クジナが口の中の林檎飴を噛み砕く。
潤んだ瞳で辰也を見つめた。
「スケコマシの分際で、中途半端なチューをしおって!
好いた人との接吻はこうやるのじゃ!!!」
クジナは辰也の後頭部に手を回して辰也の顔を引き付けた。
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