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「怖いのが望みなら姿を変えてやろうか」
つまらなそうに言う女の周りに、小さく静電気のような燐光が走った。
「せっかくの俺好みのイイ女なんだ。遠慮しとくよ」
辰也が答えると、ゾクリとするような妖しい笑みを女が浮かべた。
年の頃は二十代半ば。細面の艶のある美人である。
幽霊ゆえなのか、生涯の苦労の結果なのかは、わからないが、キリリとした目元には甘さを微塵も感じられない。
もし生きていたら、まさに辰也の好みの女だった。
辰也は女を一目見るなり、何故か懐かしさを感じている。
「桃の友達だって?
桃が世話になったな。
お姉さん、名前は?花魁だったのかい?」
「クジナ……
私は花魁になってすぐに死んだ」
「クジナ?」
「私の名前。
当時、地方によっては、様々な名前で呼ばれていたが、今の時代ではタンポポと呼ばれる花の事だ。
子供の頃に遊郭に売られた私を、可愛がってくれた花魁が居てな、その花魁が私に付けてくれた名前だ」
そう辰也に告げると、クジナの金色の瞳が妖しく光り、辰也の目の前にビジョンが浮かんだ。
まだ桃華の年頃であろう少女の姿と、一人の花魁の姿。
花魁は、不安に怯える少女の頭を優しく撫でながら
『お前はいつか自由の風に乗って、自分の好きな場所で自分の花を咲かせるんだよ』
そう言いながら、自分の故郷の言い方で、少女にクジナと言う名前を付けた。クジナの語源の由来は、タンポポの葉の汁が苦いことからくる物である。
その後、生前のクジナの生涯のビジョンが走馬灯のように流れたが、クジナの人生は苦渋に満ちた物であった。
貧しい農民の子供として産まれたクジナは、物心が付くと働き手の一人として親の手伝いで働き詰めであったが、十歳になるとあっさりと親に売られてしまった。
クジナは生涯において、自由と言う物を知らない。クジナは常に物であって道具として扱われた人間だったが、自由を知らない人間が特別珍しい事では無かった。
だが、遊郭に売られたクジナの生涯は、あまりに過酷な物だった。
同情のつもりは無いが、辰也の瞳から自然と涙が溢れた。『悔しい!!』辰也の心が叫び声を上げていた。
涙ぐむ辰也の手のひらを、桃華が小さな手のひらでギュッと握りしめた。
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