桜流

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「その男とは結ばれなかったのか?」 眉間に皺を寄せながら、噛み締めるような口調で辰也が尋ねた。 「動乱の時代だ。 私に自由は無かったが、義に生きるあの人にも自由は無かった」 「義?………侍。…だったのか?」 何故か、辰也の脇腹に鈍い痛みが走ったが、辰也はそれを顔には出さない。 「あの人は私を迎えには来てくれなかった。  ……斬られて死んだんだ」 「……辛い……話だな。 ……その彼も、クジナとの約束を果たせなくて、無念だったと思うよ」 言いながら、疼くような脇腹の痛みと共に辰也の心臓が乱舞した。頭の中が真っ白になる。 「嬉しいことを言ってくれるな。 勿論、私はあの人を疑った事も、恨んだ事も無い。  あの人は私を愛してくれた。 あの人の愛が、私の人生の苦しみの全てを帳消しにしてくれたのだ。 運命の悪戯。 ……全て、時代が悪かった」 見つめあう、辰也とクジナの時間が止まった。 二人の時間を再び動かしたのは、桃華の無邪気な一言だった。 「お姉ちゃん今、幸せそうな顔。 良かった。やっと好きな人に会えるね」 クジナが含み笑いをして、柔和な顔で桃華を見つめた。 「ありがとう。全ては桃華のおかげ……」 そう言って、桃華を包み込むように抱き締めた。 「私が消えれば、私のこの世界も消えてしまう。だからもう、二人とも自分の世界に戻りなさい」 「また、いつか会えるよね?」 「当たり前だ。  私と桃華はいつまでも友達だ」 微笑みながら言ったクジナの一言に、桃華は安心したように頷くと、辰也を手招きして自分の口元にしゃがませた。 「辰ちゃん……アノね…… 桃は先に帰るから、お姉ちゃんにお別れのチューして来て良いよ。 でも、ママにはナイショだよ」 マセた笑顔で、そう言い残し、桃華の姿が消えた。 桃華は辰也の耳元に手を当てて、内緒話として言ったのだが、寸前まで桃華を抱き締めていたクジナにも、当然それは聞こえていた。
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