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待ち合わせの場所に到着した途端に、さっき別れたばかりの彼からメッセージがきた。
『先程はわざわざライブを見に来て頂き、ありがとうございます。とても嬉しかったです。髪形も叶さんが言う通りに、短くカットしたんですがどうでしたか? 賢一』
(てっきり史哉さんからのメッセージだと思って、慌てて見たのに違った……)
名前を教えない、ずぼらなトコがあるくせに、こういう律義なところもあるんだな。なんて半分呆れながら、手早く返信をした。
ワイルドな感じがして良かったと思ったけど、史哉さんからのメールでないことに落胆は隠せない文面を打ち込んでしまう。
『思っていたより、髪形が似合ってた』
送信ボタンを押した瞬間、突然大きなもので目隠しをされた。記憶のあるそのぬくもりで、誰がしたことなのかがすぐにわかる。
「どこの男に、メッセージを送っていたんだい?」
「史哉さん……」
目隠しを外されたと思ったら、史哉さんが逃げられない勢いでキスをする。その大胆な行動にびっくりして、慌てて彼の体を押して距離をとった。どこかに会社の人間がいるかもしれないというのが、常に頭にあったから。
「叶の唇が冷たい、かなり待たせた?」
私が史哉さんの体を押したことを責めずに、わざわざ心配してくれる。
「ここに来るのに、少し歩いたから」
「で、どこの男にメッセージしてた?」
ずいっと私にわざわざ顔を近づけてきて、強引に訊ねる。
「大学の後輩です……」
「ふーん。じゃあ行こうか」
背を向けて歩き出す史哉さんに合わせて、並ぶように私も歩く。
たまにこうやって嫉妬する史哉さん。でもあまり深く突っ込んでこない。逆にそれが寂しくもあり悲しかった。
「今日の服装、いつもよりカジュアルな感じに見えるな」
お店に着いて椅子に座った途端に告げられた言葉に、苦笑いを浮かべるしかない。
「こんなにお洒落なバーなら、もっと良いのを着てくれば良かった……」
かっちりスーツでライブハウスには行けないから、今日は適度に砕けた感じの服装をしていた。
「叶は、なにを着ても似合うよ」
そう言って髪を撫でてくる。外でそういうのをされるのは、正直落ち着かない。頭を撫でる手をやんわりと外した。
「大丈夫。会社のヤツラは誰もいないし、周りだって俺たちのことなんて見ていないから。そんな心配そうな顔をしなくてもいいんだよ」
「でも……史哉さんの自信はアテになりません」
眉根を寄せながら苦情を言ってみせたら、アハハと笑って誤魔化す。
「今日の叶は、なんだか甘え上手だな。このままお持ち帰りしていい?」
耳元が弱いのを知ってて、わざとそこで喋るなんて本当に確信犯。しかも甘え上手になっているのは、賢一くんの影響なんだろうか。
「ごめんなさい、明日は早いんで無理です」
「そうか、お互い忙しい身だな」
史哉さんは寂しげに言って、グラスのお酒を飲み干す。
「こうやって一緒に呑めるだけでも、良しとしなきゃだな」
肩に手を回してくる史哉さんに、ぎこちない笑顔を返した。
本当は明日早いのは嘘――敏い史哉さんなら私の変化に、少なからず気がついているのかもしれない。だからお持ち帰りなんて言葉で、わざわざ誘って来たのかもしれないな。
ずっと一緒にいたら、なにかマズイ事態になるかもしれないと、咄嗟に嘘をついてしまった。
最初から嘘の関係の私たち。このままじゃいけないって、心のどこかでいつも思っている――。
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