Piano:叶side②

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*** 「こっ、こんばんわっ」  体育会系よろしく大きな声で挨拶をしてきた、顔がかなり赤い状態の賢一くん。そして今頃なれど、ライブのお礼を直接言ってくれた。  律義な男だなぁと思いながら、彼の腕に自分の腕を絡ませる。途端にカチンコチンになる姿に笑いを堪えつつ、無理やり引っ張って歩き出した。  ドナドナ状態の賢一くんに、しゃんとするよう睨みを利かせる。  リードしてくれるのはいいけど、なんだか顔の緊張感は解けてない、引きつったままだった。この代理彼氏、本当に大丈夫だろうか……?  賢一くんにあの男がストーカーになったという話を、思いきってしてみた。すると少し考えてから、自分がこれから迎えに行きましょうかと提案してくれる。  ホントのところ、史哉さんに頼みたかった。だけど仕事の関係上、お互いすれ違うことが多いし、会社の人間に見つかったら、さらに厄介なことになる。  賢一くんとはこうして気軽に腕を絡めるけど、史哉さんとは今まで一度もしたことがなかった。 「それとも一緒に帰る人がいる……とか?」  私がずっと考えこんでいる様子に、賢一くんがとても小さな声で訊ねた。もちろんいないと即答する。帰りたい相手はいるけど、実際は帰ることができない。  多少なりとも賢一くんに無理がかかるかもしれないけれど、頼むことにした。彼は嬉しそうにOKしてくれる。 「ありがとう、賢一くん」  ご褒美に、はじめて名前を呼んであげた。すると見る間に顔が真っ赤になった。さっきまで緊張感がふたたび彼を襲ったらしく、ものすごく変な顔をする。  それを見て私は、心の中でほくそ笑む。授業でわからないトコがあるのが嘘でしょうと、突っ込むタイミングとしては最高だろうな。  指摘をしたら思った通り青くなりながら、素直に非を認める賢一くんの頭を撫でてあげる。下手な言い分けをしないのが良いと思った。  そんなことを考えながら、お茶をご馳走するからあがりなさいと言ってみる。 「はい!」  満面の笑みで、妙に元気よく答えた。  その様子にイヤな予感がしたので、なにかしたら追い出すからと先に釘を刺す。果たしてこの言葉は、彼に有効なんだろうかと訝しげに思いながら、自宅の扉を開けたのだった。
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