Piano:叶side②

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 賢一くんを招き入れた玄関の扉が閉まり、靴を脱いで中に入ろうとした瞬間、後ろから抱き締められて驚いた。 (――やはり先ほどの言葉は、意味を為さなかったか。若い男を自宅に招き入れる時点で、こうなる事は想定内だったけど、玄関で抱き締められるとは。しかも思う存分、締め付けてくるなんて)  あまりの苦しさに抵抗を考えたけど抱き締めるだけで、それ以上のことをしない彼に驚いてしまった。  史哉さんなら……そこから首筋にキスをして後ろから回してる片手を私の頬に添えて、振り向かせる体勢にもっていき、唇に熱いキスをする。  そんなことを考えていると、突然放り出す勢いで賢一くんがみずから離れた。彼の顔を振り返りながら見ると、しまったと書いてあるような感じに見えなくもない。  そんな彼を玄関に置き去りにして、そのままキッチンに向かった。  突然抱き締められたことで史哉さんのぬくもりを思い出し、冷静さを失っている自分。その気持ちを落ち着かせるべく、急須に玄米茶の茶葉を入れてポットに入っているお湯を注ぐ。  茶葉が開くまで深呼吸、いつもの自分を取り戻さなければと、大きなため息を吐いた。  多少落ち着いたところで、マグカップにお茶を入れる。美味しそうな薫りに、心がさらに落ち着いた。  一呼吸置いてから玄関にいる彼に向かって、大きな声で叫ぶ。 「いつまでそこにいるつもり? マジで追い出すよ」  慌てて中に入って来る賢一くんに、マグカップを手渡す。一口お茶を飲んだら、とても落ち着くことができた。  彼をコタツに座らせて窓辺に移動し、ストーカーはどうしてるだろうと外の様子を眺めてみる。  カーテンの影から覗くと電柱に寄り添うように、こちらを見上げていた。やはり今日もつけられている、どんだけ暇人なのやら……。  内心憤怒しながらリビングの電気を消してやった。その行動に首を傾げながら賢一くんが不思議そうに私を見る。 「恋人同士、部屋が暗くなったら、やることはひとつでしょう」  そう伝えると、変な緊張感を漂わせる始末。多分、顔が赤くなっているに違いない。  こっそりカーテンから覗いて見ると案の定、肩をガックリ落としたストーカーがとぼとぼ去っていくのが確認できた。  (――作戦成功!)  心の中でガッツポーズをしている私に賢一くんは、 「なんだか叶さん、淋しそう……」  控えめな声で言う。だけど今の私、めっちゃ喜んでるんですが? 「俺こんなんだし、頼りないかもしれないけど、なにかできることがあれば、どうか手伝わせてください」  なんて自分の気持ちを、どんどん吐き出してくる。  私が史哉さんに伝えたい言葉ばかりを口に出されたせいで、驚きと共にイライラがつのった。どうしてそんなふうに素直に、想いをぶつけることができるんだろう。 (相手の迷惑とか考えたことがないのかな。若いからって、なにをやってもいいと思ってるの!?)  気づいたら彼の唇に自分の唇を押し付けていた。無意識の行動に驚きつつ、直ぐに離れる。  ポカーンとした、賢一くんの顔。自分が何をされたのか、イマイチわかっていないような感じに見えた。 「賢一ウルサイ、ギャーギャー騒がないの!」  思わず怒鳴ってしまう。こんなことするつもりじゃなかったのに、なにやってるんだろ。いくら史哉さんとしてないからって4つも年下の相手に、自分からキスするなんて、本当に最低だ。  賢一くんを自宅から追い出して、リビングでひとり反省する。  自分の想いがどこに向かっているのか、これからどうしたいのか。考えることがたくさんありすぎて、どこから手を付けていいかわからない状態だった。  史哉さんといるときの自分。賢一くんといるときの自分。私らしいのは、どっちなんだろう……。
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