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午後十時、叶さんが指定したコンビニで待つ。店内で音楽雑誌を立ち読みしながら、ぼんやり待っていた。
「ごめん、遅くなった!」
その声で店に入ってきた人を見ると、息を切らした叶さんだった。
「ちょうど見たい雑誌があったので、全然大丈夫です。行きましょうか」
叶さんを促して外に出た。昨日は腕を組んで歩いたけど、なにもせずに叶さんは俺の横に並んで歩く。
その表情からは、なにも読み取ることができなかった。
「昨日はごめんね……」
ポツリと呟くように口を開いたのは、叶さんからだった。
「そんなに気にしないでくださいっ。あんなの、蚊に刺された程度のことですよぅ」
「私は蚊なんだ……」
眉間にシワを寄せながら、ジロリと睨まれてしまった。フォローをするつもりが墓穴を掘ってしまった、バカすぎる自分。
「いや、あの、そんなつもりじゃなかったんです。すんません、えっと」
俺の心の内は、かなり必死な状態だった。叶さんの怒りに触れないような言葉を、一生懸命になって探す。
「好きな人にされて喜ばない男はいないワケでして、棚からぼた餅みたいな」
「棚からぼた餅なんだ?」
呆れたように、隣で大きなため息をつく。
(ん……? 今、すごいことを俺ってば、ちゃっかり言っちゃった感じ?)
「賢一くん、どうして素直に、自分の気持ちを言うことができるの?」
「だって好きな人に、この想いを知ってほしいからです」
――叶さん、好きです――
「私のどこが好きなの?」
「…………」
「ふーん。考えこまないと出てこないんだ」
「全部って言ったら、月並みかなと思って。なにか、いい言葉が出てこないし」
そんなイジワルな叶さんの口調も、結構好きなんですとは言えない。
「叶さんの好きなところ、そうですね。他の人がスルーしちゃいそうな部分にきちんと気がついて、熱心に仕事をしてる姿や、意外とドジをやらかして焦って困ってるところも好きです」
夜空を見上げながら、叶さんが仕事をしてる場面を思い出して告げてみた。
「そんなの表面上のことでしょう。私であってホントの私じゃない」
せっかくの告白も、さらりと否定されてしまった。ううっ、どうすればもっと彼女を惹きつけることができるだろうか。
「まだ数回かしか叶さんに会ってないけど、わかったことがあります」
これは自信を持って言える。不思議そうな顔をして俺を見上げたキレイなまなざしに、胸がきゅんとしなった。
「叶さんは素直じゃない。イジワルするときは俺のことを、君って言うから!」
「あ、確かにそうね……」
ふっと柔らかく笑いかけてきたこの笑みも、結構好きなんだよな。
「あと今の笑顔、お店で見る笑顔より自然で好きっす」
そう言うと、露骨にイヤな顔をする。
「ああ、折角の笑顔が――」
「君にはスマイル有料です」
ああ、イジワルモードが発動しちゃった。やっぱり、叶さんには敵わない。
昨日の出来事のあとで、こんなふうに和やかな会話ができるとは思ってなかった。ひとりでムダにあくせくしたのが、なんだか恥ずかしい。
「今日はここまででいいよ、ありがとう」
マンション前に到着したので、向かい合うように足を止めた。
「今夜はストーカーもついて来ていないし、諦めてくれたのかな」
「明日はお店ですか?」
もうお役御免になるんだろうか――。
「ん……。お店の閉店時間に合わせて、お迎えお願いね。それじゃ、おやすみ」
踵を返して、中に入って行く。
「おやすみなさいです」
今日も俺の想いをスルーした叶さん。
『その気持には応えられない』
そう言ってしまえば終わりなのに、なぜかなにも言わない。誕生日に使われるロウソクよろしく、吹き消されたらポイされるのだろうか……。
「そんなのイヤだ。俺は叶さんの恋人になりたいです」
明かりのついた彼女の部屋に向かって呟いたのだが、これじゃあストーカーと変わらないや。
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