Piano:交わる想い

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***  午後十時、叶さんが指定したコンビニで待つ。店内で音楽雑誌を立ち読みしながら、ぼんやり待っていた。 「ごめん、遅くなった!」  その声で店に入ってきた人を見ると、息を切らした叶さんだった。 「ちょうど見たい雑誌があったので、全然大丈夫です。行きましょうか」  叶さんを促して外に出た。昨日は腕を組んで歩いたけど、なにもせずに叶さんは俺の横に並んで歩く。  その表情からは、なにも読み取ることができなかった。 「昨日はごめんね……」  ポツリと呟くように口を開いたのは、叶さんからだった。 「そんなに気にしないでくださいっ。あんなの、蚊に刺された程度のことですよぅ」 「私は蚊なんだ……」  眉間にシワを寄せながら、ジロリと睨まれてしまった。フォローをするつもりが墓穴を掘ってしまった、バカすぎる自分。 「いや、あの、そんなつもりじゃなかったんです。すんません、えっと」  俺の心の内は、かなり必死な状態だった。叶さんの怒りに触れないような言葉を、一生懸命になって探す。 「好きな人にされて喜ばない男はいないワケでして、棚からぼた餅みたいな」 「棚からぼた餅なんだ?」  呆れたように、隣で大きなため息をつく。 (ん……? 今、すごいことを俺ってば、ちゃっかり言っちゃった感じ?) 「賢一くん、どうして素直に、自分の気持ちを言うことができるの?」 「だって好きな人に、この想いを知ってほしいからです」  ――叶さん、好きです―― 「私のどこが好きなの?」 「…………」 「ふーん。考えこまないと出てこないんだ」 「全部って言ったら、月並みかなと思って。なにか、いい言葉が出てこないし」  そんなイジワルな叶さんの口調も、結構好きなんですとは言えない。 「叶さんの好きなところ、そうですね。他の人がスルーしちゃいそうな部分にきちんと気がついて、熱心に仕事をしてる姿や、意外とドジをやらかして焦って困ってるところも好きです」  夜空を見上げながら、叶さんが仕事をしてる場面を思い出して告げてみた。 「そんなの表面上のことでしょう。私であってホントの私じゃない」  せっかくの告白も、さらりと否定されてしまった。ううっ、どうすればもっと彼女を惹きつけることができるだろうか。 「まだ数回かしか叶さんに会ってないけど、わかったことがあります」  これは自信を持って言える。不思議そうな顔をして俺を見上げたキレイなまなざしに、胸がきゅんとしなった。 「叶さんは素直じゃない。イジワルするときは俺のことを、君って言うから!」 「あ、確かにそうね……」    ふっと柔らかく笑いかけてきたこの笑みも、結構好きなんだよな。 「あと今の笑顔、お店で見る笑顔より自然で好きっす」  そう言うと、露骨にイヤな顔をする。 「ああ、折角の笑顔が――」 「君にはスマイル有料です」  ああ、イジワルモードが発動しちゃった。やっぱり、叶さんには敵わない。  昨日の出来事のあとで、こんなふうに和やかな会話ができるとは思ってなかった。ひとりでムダにあくせくしたのが、なんだか恥ずかしい。 「今日はここまででいいよ、ありがとう」  マンション前に到着したので、向かい合うように足を止めた。 「今夜はストーカーもついて来ていないし、諦めてくれたのかな」 「明日はお店ですか?」  もうお役御免になるんだろうか――。 「ん……。お店の閉店時間に合わせて、お迎えお願いね。それじゃ、おやすみ」  踵を返して、中に入って行く。 「おやすみなさいです」  今日も俺の想いをスルーした叶さん。 『その気持には応えられない』  そう言ってしまえば終わりなのに、なぜかなにも言わない。誕生日に使われるロウソクよろしく、吹き消されたらポイされるのだろうか……。 「そんなのイヤだ。俺は叶さんの恋人になりたいです」  明かりのついた彼女の部屋に向かって呟いたのだが、これじゃあストーカーと変わらないや。
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