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1月に行われるライブの打ち合わせが結構長引き、終了したのは午後10時半をとうに過ぎていた。
ライブハウス前でまさやんと別れ、とぼとぼ大通りを歩く。街のイルミネーションやカップル連れという目の前のキラキラしたモノを見て、ため息をついてしまった。
「中林さんとふたりで、歩いてみたいな――」
思わず、ポツリと呟いた。
片想いが嫌いなわけじゃない。むしろ相手を想ってる時の胸があたたかくなる感じやキュンとなる感じは、結構好きである。しかしあからさまに嫌悪感をむき出しにされたり、拒絶されたりするとさすがに堪える。
何度目かのため息をついたときに、目の前のカップルばかりの中で、ある1組に目が釘付けになった。
「あ、中林さんだ……」
サラリーマン風の男性がしきりになにかを手渡そうとしているのを、中林さんが両手をまぁまぁという仕草をして、必死になだめている。
それでも男性は食い下がらずに、しつこくつきまとう。大柄な男性の体が彼女に抱きつくんじゃないかと思うくらいの距離まで、ぐっと近づいた。
そんな彼から逃げようとしたのか、中林さんが後ろを振り返りながら体を引いた瞬間、偶然バチッと目が合った。
「……?」
不思議顔する俺に向かって、中林さんは柔らかな笑みを浮かべ、こっちに駆け寄ってくる。そして俺の左腕に迷うことなく、自分の腕を絡めた。
状況が分からないままビックリして、ハニワ顔でフリーズするしかない。
「遅くなってごめんね、待った?」
上目遣いで、中林さんが話しかけてくる。すごくかわいらしい笑顔で下からじっと覗きこまれ、正直返答に困った。
「いえ、俺も今、来たトコだったんで、全然大丈夫です……」
彼女との会話を、なんとか繋げてみる。
サラリーマン風の男性は俺達の様子を、驚いた目で穴が開くほど見つめた。たぶんさっき俺が2人を目撃したときと、同じような顔だろう。
「ごめんなさい。私、彼氏いるんで、プレゼントもメッセージのIDも受け取れません!」
俺の腕にぎゅっとしがみつきながら、ハッキリと言い放つ。逆の立場なら間違いなく、ブロークンハートだろう、お気の毒に――。
惨めな姿のサラリーマン風の男性に、とどめを刺すような声をかけてやるべく、言葉を考えた。きっとこの方が、中林さんのためになるだろう。
「そういうことなんですみません、諦めてください!」
冷たく言い放ち、中林さんと腕組みしたまま、彼をやり過ごして大通りを歩いた。
暫く歩いてから振り返ると、寂しそうに佇んでいる可哀想なサラリーマン風の男性が、名残惜しそうな感じで未だにこちらをじっと眺める。
隣で腕を絡めている中林さんに視線を移すと、柔和な笑みは消えていて、ぼーっと前方を見ながら歩いていた。
「ありがとう、助かったわ」
ポツリとひとこと、お礼を言われても困惑するしかない。
「いえ……。まだこっちを見たままなんで、このまま歩いていいっすか?」
恐るおそる訊ねると、ため息を一つついてから頷く。彼女にとっては迷惑だろうけど、俺にとってはサプライズなプレゼントだった。
(中林さんと2人、イルミネーションの中を歩く。しかも腕を組んで――周りから見たら、ラブラブなカップルに見えるかな)
なぁんて、余計なことを考えてしまう。さっきの妄想が現実になるなんて、本当に嬉しすぎる。
「さっきの男をやり過ごすのに、アナタを利用しただけだから、勘違いしないでちょうだい」
幸せの余韻に浸っていると、中林さんがピシャリと言い放った。
(そうさ。たまたまあの場に、顔見知りの俺が居合わせただけ。偶然だってわかっているけど……)
複雑な心境を抱えた俺が中林さんを見ると、目が合った瞬間、すっと腕が解放された。布地越しで伝わっていた彼女のぬくもりが、瞬く間に寒風で冷えていく。まるで2人の距離のように。
(――これで終わりにしたくない!)
両拳に力を込めて、息を大きく吸って腹にためた。
「あのっ!」
「なに?」
素っ気ない中林さんの返答に、二の句が継げにくい。とりあえずなにか言わなければダメだと、勇気を振り絞る。
「下の名前、教えてくださいっ」
「……なんでアナタに、名前を教えなきゃならないというの?」
取りつく島もない、冷たい言葉遣いだったが、これくらいで負けていたらなにもはじまらない。
「中林さんのことが知りたいんですっ」
彼女があからさまに困った顔して黙る。
(今だチャンスだ! なにか言って引き留めないと、このまま終わってしまう!)
焦りに焦りまくった俺は、頭の中に浮かんできた言葉を、勢いのままに告げる。
「結婚してくださいっ!!」
多くの人が行き交う中で告げた途端に、中林さんの両目が大きく見開かれた。
学生の身分である俺――社会人の彼女に向かって、いくら焦っていたとはいえ、なんてことを言ってしまったんだろうと、後悔してもすでに遅し。
背中は冷や汗ダラダラ、顔面蒼白である。
なにか言って訂正しなければと思えば思う程に、頭の中が真っ白になり、言葉が空を切った。口をパクパクさせるだけで、アホ面もいいトコである。
焦りまくってあたふたする俺を見て、中林さんはお腹を抱え大笑いをしだした。すれ違う人が奇異な目で、俺たちを一瞥して去っていく。
「アナタって人は、なんて大胆なの。自分の名前も言わずに、突然私の名前を聞き出そうとしたり、プロポーズしたり」
大笑いしたためか、目に涙まで浮かべている始末。俺はどんな顔したらいいかわからなくて、両手の親指と人差し指をもちゃもちゃさせながら、言いわけめいたことを口にする。
「あのですね、えっと俺はこんなことを言うつもりで、言ったんじゃないんです。なんか願望がぽろっと出ちゃった、みたいな……」
「じゃあ本当は、なにを言おうとしていたの?」
じっと顔を見つめられると、正直言いにくい。顔がどんどん熱を持ち、赤くなっていくのがわかった。
(ああもう、たった一言、好きですって言うだけなのに――)
「あの、ん~、そのぅ……」
「そうね。この前髪をもう少しカットして、ワイルドに仕上げること」
中林さんはそう言って俺の前髪を右手でつまみ上げ、突然チェックをはじめる。
「は? 前髪?」
「バンドやってるでしょ? 髪の長いお友達と」
「あ、はい……」
「前から思ってたの。なんとなくキャラ被りしてるなって」
優しく微笑みながら、摘まんでた前髪を人差し指にクルクルと巻き付ける。
「アナタのような顔立ちは、思い切ってオデコを出した方が似合うと思う。まぁそれは、私の好みの話なんだけどね」
そう言って、瞳を細めてふわりと笑った。今まで見た柔和な笑みとは質の違う、穏やかな笑顔に頭がクラクラした。
(――ヤバい。心が根こそぎ持ってかれた……)
傍にいる中林さんを抱き締めそうになって、ぐっと堪える。ああ、もどかし過ぎる。
「今度のライブ、いつあるの?」
「来月、15日にあります……」
ポケットに入ってたチケットを、そっと手渡した。いつでもどこでも誰にでも渡せるように、バンドマンとしてチケット持参は当たり前なのだ。
「ん? これは髪の長いお友達だよね?」
中林さんが手渡したチケットを、まじまじと眺めて指摘する。
「先輩方が数人がまさやんを押さえ込んで、ビジュアル系のメイクを施したんです」
先輩方との最後になるライブなので、どうしてもたくさんのお客を呼びたかった。故に女性客だけじゃなく、男性客を呼び寄せるべくのメイク。実はそれを提案したのが、俺だったりする!
当時はこういうのが流行っていたから――笑っているように見えるが、しっかり怒っている、まさやんの写真付きの貴重なチケットである。
「ふーん。実際見て、アナタ達のライブが気に入ったら、名前を教えてあげる」
中林さんは真顔でそう言うと、踵を返して行ってしまった。俺はなにも言えずその場に立ち尽くし、暫く呆然として頭を整理する。
名前を教えてもらった先に、いったいなにがあるんだろう――?
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