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俺の予感は妙なところで発揮される。しばらく何事もなく仕事も綾のことも、それなりにこなしていた。
ただ叶とはあれきり、全く会えない状況が続いたのである。心配になってメールをしても、返事さえ来ない。以前なら忙しくても三日以内に返事をくれたのに、もしかしたら自然消滅を狙っての行為なんだろうか。
考え込んだそのとき、バーで見た違和感のある笑顔を不意に思い出した。
パソコンの画面を見ながらぼんやりとため息をついたところで、ポンと肩を叩かれた。同僚の峠 勇志だった。
「なぁ水戸ちゃん、知ってる?」
「何だよ? いきなり」
「水戸ちゃんお気に入りの後輩の中林さんの噂」
楽しそうに叶のことを話しだす。
「俺が何で、中林くんのことをお気に入りだって?」
「気がついてなかったの? 何かにつけて、可愛いなぁって呟いてたくせに」
全然気がついてなかった、いかんなぁ。
困っているのを悟られないように、そのまま峠の話に耳を傾けた。
「中林さん最近、向かいのコンビニに男を待たせて一緒に帰ってるって。しかも若い男、学生っぽいらしいぜ」
「へぇ……学生っぽい男ねぇ。なかなかやるじゃないか」
「そうなんだよ。俺も中林さん狙ってたんだけど隙を見せないし、ガードがすげぇ堅いのによく落としたよなぁ」
俺は呆れた顔で、峠の顔を見上げた。
「この間のキャバ嬢はどうした? やはり駄目だったか」
「どうせ名字のごとく山あり谷ありだよ、人生は」
そう言って泣き真似をする。俺は無言で、パソコン画面に視線を移した。
(コンビニで待ってる男って例のメール相手、大学の後輩だろうか……)
「そうそう忘れるトコだった。水戸ちゃんに頼まれてた例の予約の件」
「うまくとれたのか?」
「バッチリ! 奥さんの誕生日と結婚記念日のダブルのお祝いしてきて下さい」
峠の知り合いがレストランに勤めている関係で、予約を取ってもらったのだ。良かった――
「いいなぁ、水戸ちゃん幸せラブラブで。早く俺も結婚したいわ」
そう言って部署を出ていく峠を、複雑な気持ちで見送る。現実はそんなんじゃない。峠じゃないが、山あり谷ありだ。
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