Piano:重なる想い

7/10
前へ
/45ページ
次へ
***      俺も叶さんも忙しい中、メールでそれぞれ近況報告をしていた。しかしやはり社会人。叶さんからのメールが、半日から一日、二日と返信が遅れていく。  倒れる寸前まで働いているのではないだろうかと心配しても、何もできない俺。 「差し入れすれば?」  なぁんていう、まさやんからナイスなアイディアを戴き、おにぎりやおかずを作って、叶さん宅の扉に引っ掛けておいた。どこかに出張してたらもうアウトだけど、何もしないよりはいいだろう。  俺も忙しいので毎回差し入れすることはできなかったが、時間ができたらまずはバランスのいい料理を作って、叶さん家に届けていた。  だけどこんな状態が二週間以上続いてしまったら、もう大変。俺は叶さん切れを起こして倒れそうになっている。  それまではずっとべったりじゃなかったけど、一緒に過ごした時間があったので、それを支えにして会えなくても誤魔化してやってきた。  しかし現在、メールの返事も全くございません……。俺の想い同様、スルーだよ。  俺のしつこさ(告白とかその他諸々)に、ウンザリしていた叶さん。もしかして飽きられた? こんなおバカな男には、これ以上付き合ってられないわよって。  そんでもって自然消滅謀るべく、連絡をしない作戦でいるとか?  日ごろポジティブな俺でも、叶さんが絡むとどうしてもネガティブになってしまう。豆腐の角に、頭をぶつけて死ねたらホント楽なのに……。バンドの面接会場にしているライブハウスに向かいながら、おバカ的な発想のもと、不可能なことばっかりを考えていた。  通りを歩きながらふと横を見ると、叶さんの勤めている本社がそびえ立つ。  ここに入ったら、叶さんがいるのかな。すっごく会いたい――できることならこっそり覗いて、同じ空気を思いっきり吸いたい←かなり重症  もしくは叶さんが触ったであろう物に、触れるだけでもいい。偶然、出てきてくれないかな……。  面接の時間が近付いてきてるのに、ぴたりとその場で足が止まってしまう。  叶さん、会いたいよ。 「いい加減にして下さいっ」  聞き覚えのあるこの声。俺を叱るときのものと違って落ち着いているけど、間違いなく叶さんだ! 会いたさが募ったせいで、幻聴かと思ったが間違いない。  この喧噪の中、どこかにいる!?  人混みをかき分けるように、大好きな彼女の姿を捜してみた。 「叶……」  男の人の声も聞こえた、しかも下の名前を呼んでいる。  頭が目紛しく混乱し、胸がドキドキした。拒絶するセリフの叶さんと名前を呼ぶ男性、一体どんな間柄なんだろう。 「会社前なんですよ、誰かに見られたらど……」  声がする方に進むと、ちょうど倒れかけた叶さんの背中を発見した。  あぶない! 「かなえさ――」 「叶っ!?」  俺が駆け付けるより先に、傍にいる男性が叶さんを抱きとめる。まるで壊れ物を扱うように、大切に抱き締めている様子に、思わず息を飲んだ。  男性は30代後半から40代くらい、叶さん好みのワイルドな感じの人だった。体格も俺とは違いガッチリしていて、叶さんを丸ごと包んで守ってくれそう。  そんな絵になるふたりが今、俺の目の前にいる。  きっとこの人なんだ。叶さんが好きだったという男性―― 「君は?」  その男性が訊ねてきて始めて自分がなにもできずに、傍で突っ立っていることにやっと気がついた。  男性は俺の顔をじっと見る。その視線を受けながら、カラカラに乾きそうな口内でやっと答えた。 「あの……か、中林さんの大学の後輩です。彼女が倒れたのが見えたので」 「そうか、叶の大学の後輩。話には聞いてる、君だったのか」  フッと笑って、俺を受け入れる感じが男性の眼差しにうつる。器の大きさが、目に表れていた。  優しくて頼り甲斐のある感じ――叶さんが好きになる気持ちが、手に取るように分かった。 「俺は叶の上司の水戸です。済まないが、彼女を運ぶのを手伝ってくれないかい?」  叶さんを抱き上げたその時、彼の左手薬指に指輪が光るのが見えた。それで全てが分かってしまった。  だから、諦めなければいけない恋だったんだ……。  水戸さんに頷くと、一緒に並んで会社に向かった。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

95人が本棚に入れています
本棚に追加