Piano:重なる想い

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***  廊下の遠ざかる足音を聞きながら、ふと目を開けた。  賢一くん…… 「叶、大丈夫か?」  医務室入口にいた水戸部長が、私の元に駆け寄ってきた。そして顔を覗き見て、ギョッとする。 「な……何でそんなに怒ってるんだい?」  いつも穏やかな私しか知らないので、驚くのも当然だろう。 「さっきも言いましたが、もうその呼び方をいい加減に止めて下さい」 「でも、俺はな」 「私は水戸部長を何とも想ってません。想いを押し付けられても迷惑なだけです」  キッと睨みながら言ってやった。  負け戦はしないって!? そもそも部長は戦場にいない人間なのだから、最初から話にならない。そこにいるのは、あのコと私だけ。あのコが想いという名の刀を振ってきたら、私は華麗にかわす。  今までのらりくらりとかわしてばかりいたけど、今度は私が刀を振る番―― 「俺のために、そんな風に怒ってくれたことはなかったな……」  淋しそうに、ポツリと言う水戸部長。  私は傍らに置いてあったアタッシュケースを手にして、勢いよくベッドから降りた。 「これが私の自なんです。」 「そんな君を見ることができる彼は、特別な存在というワケなんだね」  自分の想いでいっぱいいっぱいのあのコは、まだ気がついてない。どれだけ私が想っているのかを――。 「水戸部長、早く綾さんと仲直りして下さい」  いつも私の影に、綾さんを見ていたのが分かっていた。 「今更そんな……」 「大丈夫ですよ。水戸部長の話術は、天下一品なんですから」  にっこり微笑みながら言うと、釣られて部長も笑う。 「ここまで運んでくれて、有り難うございました。さよなら水戸部長」  きっちり一礼してから医務室を出た。そして小走りで会社を出る。  早く、あのコを見つけないと……。
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