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廊下の遠ざかる足音を聞きながら、ふと目を開けた。
賢一くん……
「叶、大丈夫か?」
医務室入口にいた水戸部長が、私の元に駆け寄ってきた。そして顔を覗き見て、ギョッとする。
「な……何でそんなに怒ってるんだい?」
いつも穏やかな私しか知らないので、驚くのも当然だろう。
「さっきも言いましたが、もうその呼び方をいい加減に止めて下さい」
「でも、俺はな」
「私は水戸部長を何とも想ってません。想いを押し付けられても迷惑なだけです」
キッと睨みながら言ってやった。
負け戦はしないって!? そもそも部長は戦場にいない人間なのだから、最初から話にならない。そこにいるのは、あのコと私だけ。あのコが想いという名の刀を振ってきたら、私は華麗にかわす。
今までのらりくらりとかわしてばかりいたけど、今度は私が刀を振る番――
「俺のために、そんな風に怒ってくれたことはなかったな……」
淋しそうに、ポツリと言う水戸部長。
私は傍らに置いてあったアタッシュケースを手にして、勢いよくベッドから降りた。
「これが私の自なんです。」
「そんな君を見ることができる彼は、特別な存在というワケなんだね」
自分の想いでいっぱいいっぱいのあのコは、まだ気がついてない。どれだけ私が想っているのかを――。
「水戸部長、早く綾さんと仲直りして下さい」
いつも私の影に、綾さんを見ていたのが分かっていた。
「今更そんな……」
「大丈夫ですよ。水戸部長の話術は、天下一品なんですから」
にっこり微笑みながら言うと、釣られて部長も笑う。
「ここまで運んでくれて、有り難うございました。さよなら水戸部長」
きっちり一礼してから医務室を出た。そして小走りで会社を出る。
早く、あのコを見つけないと……。
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