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ライブハウスで行う面接の時間が過ぎようとしていた。急がなきゃならないのに、えらく足取りが重い。叶さんの会社から勢いよく飛び出したものの、まだ50mくらいしか進んでいなかった。
「水戸さん、すごくカッコよかったな」
あんなに素敵な人を俺が忘れさせることなんて、どうあがいたってできるワケがない。
『俺は負け戦はしない。奪う自信があるよ』
負けるくらいなら、いっそのこと叶さんを進呈した方がいいのでは――
そう考えてたら、後方からリズミカルな靴音が聞こえてきた。意気消沈した気持ちを抱えながら、何の気なしに振り返る。
「叶さん!?」
愛しい彼女が顔を真っ赤にして、ズンズンこちらに向かってくるではないか。
「け・ん・い・ちぃ……」
言い終わらない内に手にしているアタッシュケースで、俺の頬(頭もだよな)を振りかぶって殴ってきた。
「(●д●)!?」
「この馬鹿っ! 何を考えてんのっ!」
俺も驚いたが周りにいた人もビックリしただろう。バコンって殴られる、大きな音がしたから……。
「何で元カレと密室の中だというのに、二人きりにするの!? 賢一アンタ、彼氏でしょ。彼氏なら看病しないと!」
「ごっ、ごめんなさい……」
ビクビク、おどおど。叶さんの怒り方が半端なく怖い。
「万が一、何かあったらどうすんの?」
「水戸さん、そんなコトするような人には見えなかったよ」
怯えながら言うと、叶さんは手にしていたアタッシュケースを力強く地面に叩きつけた。
(ウゲッ、そんなことしたら壊れちゃうよ!?)
「まったく――どこまでお人好しなのよ。見かけに騙されて!」
「だって……」
「あの人だって、君と同じ男なんだよ。もう……」
どんどんヒートアップする叶さん。
「賢一は私がどんだけ好きか、全然理解してくれないし」
えっ!?
「その上、見捨てようとした」
そう言って、俺の胸元を右手で握り絞める。
「そんな権利、あると思ってるの?」
怒っているのに、どこか切な気な眼差しでじっと見つめる。
「こんなできの悪い彼氏にぞっこんな私を、見捨てるのかって聞いてるんだけど?」
叶さん……
気がついたら俺は、ポロポロと涙を流していた。
「ごっ、ごめんな……――さいです。俺、叶さんの気持ちがぜ、全然わからな……くて」
俺だけ好きだと思っていた。絶対に報われない片想いだと思っていたから。
「誰にも渡ひ……たくないれしゅ……うっく、叶さんが好きだから」
涙が滝のように流れて止まらない。
「男のくせして何、泣いてんの」
胸元の右手を今度は俺の頭に移動させて、グシャグシャと撫でる。
「ひっく……叶さんが俺のこと、好きらとか……ぞっこんらとか、スゴいことばかり言ってくれるから……感激……で、涙がとまらなぃれしゅ……」
「もう少し、周りの目を気にしてよ。これじゃ私が苛めてるみたいじゃない」
さっき公衆の面前で思いっきりアタッシュケースを俺にぶつけた人の言葉とは、到底思えない。
「いい加減に、泣き止んでくれないかな。仕事ができないじゃない……」
そして俺の唇にキスしてきた。そんな叶さんを強く抱き締める。
「涙の味がした――」
そう言って、俺の涙を拭ってくれる。
「今まで不安な想いをさせて、本当にごめんね」
「叶さん?」
「もう二度と言わないから、覚えておいて」
「はい……」
「二言目には、まさやんまさやんって言い過ぎ。妬けるから、あんまりベタベタしないでよね」
睨みながら言う叶さんを、俺は更にぎゅっと抱き締めた。
どうしよう、今度はニヤニヤが止まらないっ。まさやんにまで嫉妬するなんて、どんだけ俺、愛されてるんだろ。
「もう離してよ!」
「もう少しだけ……」
そのとき二人の仲を割くような携帯の音がした、俺の着メロだ。
「いっけない、すっかり忘れてた」
慌てて叶さんを離して、急いで出る。
『おい、俺とのデートをすっぽかすつもりか?』
キレてるまさやんの声、すっげー怖い……。
「やっ、デートをすっぽかすつもりなんて全然ないよ」
慌ててまさやんに答える俺に、今度は叶さんがキレる。
「ちょっ……デートって何?」
ひーっ、誤解が誤解を生んでる。
『けん坊!?』
「賢一!?」
泣いたり笑ったり青くなったり、短時間で絶対に寿命縮んだに違いない。
だけど叶さんと相思相愛を確認できたのは、この上ない幸せで。このまま幸せな時間を、ふたりで過ごせると思ってたのに。
この一年後、叶さんはアメリカへ転勤となった。
俺は第一志望の企業に晴れて就職。二年間海を隔てて、それぞれ過ごしたのである。
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