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寛政七年のことである。
インフレ政策を推し進めた老中・田沼意次が失脚して四年……
政権は質素倹約を旨とする白河候・松平定信に替わり、江戸の町は沈んだ空気に包まれていた。
なにしろ白河候は、庶民のささやかな楽しみなどには一切関心がなかった。
贅沢はいかん。綺麗な着物はまかりならん、芝居などはもっての外、みんなで質実剛健、戦国の世のような質素な生活を送るのだ!
――などと、野暮なことこの上ない。
最初は田沼の失脚に喝采を送った江戸っ子からも「こいつはたまらん」と、すっかり嫌われ、
『白河の 清き流れに 住みかねて 元の田沼の 濁り恋しき』
という落首を、屋敷の塀にまで書かれる始末。それにしても江戸っ子の悪口は粋である。
(ちなみにこの落首は、鍖衛の親友、大田蜀山人の作といわれている)
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