† 一 †

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話を戻して…… この年には、長谷川平蔵が火付盗賊改・長官を辞任する…… そんな時代である。 豊前小倉十五万石・小笠原家中屋敷の奥に、根津の中屋敷でも、一、二を争うたいへん美しい女が勤めていた。 (小倉藩・中屋敷には、先代藩主の隠居宅と、江戸定府の中、下級藩士の住む長屋がある) ところがある日、この女が、屋敷から忽然と姿を消してしまった。 当時の大名の奥向きは、男子禁制が建前である。 家老や用人といえども、立ち入ることはできず、したがって文字通り女の園。 殿様のお手付きにでもならないかぎり、女たちは、いたって禁欲的な生活を送っていた。 たまに芝居見物に行くようなこともあったが、有名な間男騒動の絵島生島事件などは、例外的な出来事で、その生活は、華やかというよりは、質素ですらあった。
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