第1章

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イクスクルード‐第一幕‐序章          1 その兵器を作り上げた科学者はぽつりと言った。 「我は死神なり。世界の破壊者なり」 裸電球一個の薄暗い部屋を、尚も頼りないパソコンのモニタで照らし、もう一度繰り返した。 今度は強く。 この言葉は、嘗てアメリカの物理学者、ジュリアス・ロバート・オッペンハイマーが自ら核兵器開発を主導した事を後悔し、口にした言葉だが、科学者はそれを知っていたのか否か。 オッペンハイマーと言えばマンハッタン計画や量子力学に於けるボルン‐オッペンハイマー近似で知られるが、科学者もまた、オッペンハイマーと同じく物理学者であり、科学者は兵器学者――オッペンハイマーと違うのはそこぐらいのものだろう――と迄呼ばれていた。 光はあまり無い。科学者の頭上に裸電球が一つと、近くにパソコンのモニタが置かれているだけだ。 だが科学者はまるで、クリスマスのイルミネーションに目を輝かす子供だった。その中肉中背に乗った双眸だけがひたすらに見開かれている。 二つの鏡に映り込む光は無くとも。その眼に映し出される闇を知っていようとも。 「我は死神なり。世界の破壊者なり」 科学者はまた言う。壊れたCDプレーヤーの様に何度も何度も。最も、この時代に於いてCDプレーヤーは骨董品に近く、プレミアが付く程だが。 幾度と無く言っても飽き足らない。この言葉は、科学者にとって魔法の言葉だった。 そんな状態が何回、何分、何時間、何日と続いた。 もう、声に調子は無い。パソコンのモニタはスクリーンセーバーが働いているのか点いていない。 光は最早、裸電球だけになっていた。 簡単な構造だ。小さな硝子球の中、更に小さなタングステン製の抵抗体(フィラメント)が光り輝き、その周りを0・7気圧でアルゴンガスが覆っている。これは抵抗体に使われているタングステンの蒸発を防ぐ為の構造だが、それだけだ。  本当に、それだけだ。 発光ダイオード《LED》の台頭で今ではもう姿も見せなくなった白熱電球だが、この科学者は好んで使っていた。
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