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男は走っていた。額には汗も浮かび呼吸だけでなく服装も乱れている。しかし、今、男にそれらを整える余裕がなかった。時折、自分の腕時計に目をやっては時間を確認している。時計の針はあと十分もすれば、午前九時を指してしまう。
(なんてことだ。寝坊してしまうだなんて。学校に遅刻してしまう)
男は起きる時間を誤ったことを悔やんでいた。いつも、決まった時刻に鳴るはずだった枕元の時計。それが、電池切れで夜中の間に止まっていた。目が覚めることに、そのことに気付き慌てて時計を見直した時はすでに八時半を過ぎようとしていた。それからは、大慌てだった。朝食もとらず、簡単に顔だけを洗って家を飛び出した。
(なんて、言い訳をすればいんだ。寝坊しただなんて言える訳ない)
小学校なら注意されただけで済んだかもしれない。だが、今は高校だ。寝坊で遅刻なんて恥ずかしい。なんとかして、もっともらしい言い訳を考えるしかない。そうでなければ、今日一日恥をかいてしまう。
恥など気にしなくてもよいと、先輩が言ってくれていたが、やはり当事者になってみると恥ずかしいのだ。
脇目もふらず、ひたすら学校を目指して走っていた。このペースなら、ホームルームは無理でも一時限目には間に合いそうだった。ホームルームに遅刻した理由は、あとで報告しなければならないが、それは後で考えるべきことだ。今、第一にやるべきことは少しでも早く学校に辿り着くことだ。
焦りが滲み出て学校へと急いでいた男。急に、立ち止まった。急がないといけないのに、何を立ち止まっているのか。それというのも、道ばたで蹲(うずくま)っている老婆を見かけたからだ。
「どうしましたか?おばあさん」
いくら焦っているとはいえ、動けなくなっている老婆を見かければ心配するのは当然だった。老婆に駆け寄り声をかけてみたが、
「う、ううう・・・」
老婆は唸るだけで返事ができないでいた。
(これはまずい)
男は直感した。老婆の顔色は思わしくない。もしかしたら、重病なのかもしれない。
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