言い訳

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 男は携帯電話を取りだすと、救急に連絡を入れる。電話のオペレーターに早口ではあったが、事態が急を要することを伝えようとした。ところが、男が早口で喋ったのが良くなかったのか、オペレーターが新人だったのか遣り取りに少しまごついてしまった。 (何をやっているんだ)  男は少し苛立っていたが、それでも落ち着いて老婆の様子と現在の場所を伝えた。  救急車さえ来れば、あとは救急隊の人に任せればいい。自分は学校に向かえば良かった。それに、この事態はちょっとした出来事である。老婆には悪いが遅刻の言い訳としても使えそうだった。漫画のような言い訳だが、面目は立つ。と、男は内心で不謹慎だと思いながらも、少し喜んでいた。  ところが、肝心の救急車がいつまで経っても到着しない。サイレンの音さえ聞こえてこない。男は腕時計で時間を確認すると結構な時間が経っている。場所にもよるが、数分、長くても十数分で着くのが救急車の役目であるのに何をしているのか。  いったい、何をしているのか。男は通話状態になっている電話でオペレーターに聞いた。すると、オペレーターは謝りながら、 「すいません。今、救急車が道を間違えたらしく、たった今、そちらに向かっているので」  何という事態だ。正確でなくてはならない救急車が遅れるなどあってはならないことだ。けれど、これはこれで、また言い訳の材料が出来たことになる。時間はすでに一時限目だが、仕方ない。男は人命救助という非常に大事なことをやっているのだから。これは、人として当然のことだ。しかし、学校に何の連絡も入れないのはまずい。出来ることなら、一度、電話を切って学校にかけるべきなのだが、オペレーターがそのままにしていてくださいと言って、電話を切らせてくれそうになかった。連絡を入れることもできず、男は落ち着かない様子で救急車が来るのを待った。
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