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やがて、待ちに待った救急車が現場に到着した。救急車の後ろが開かれ救急隊の人が出てきた。男は彼らに老婆の状態を伝え、
「私は学校がありますので」
そう言って、その場から立ち去ろうとしたのだが、
「待ってください。あなたには同行してもらって、おばあさんの状態をより詳しく聞かせてもらいたいのです」
救急隊の人に留まるよう言われてしまった。男にしてみれば、もう大遅刻である。一刻でも早く学校に行かなければならなかった。救急隊の言葉など無視して学校まで走っていくということも考えたが、もし自分が老婆の様態を正しく伝えきれておらず、それが原因で死ぬようなことになれば、責任を追及されてしまうかもしれない。それこそ、学校や自宅にもマスコミが押しかけてくるという事態にさえ発展しかねない。遅刻だけでも迷惑をかけてしまっているというのに、これ以上の事態の悪化は避けるべきだった。
男は仕方なく同意して救急車に乗り込んだ。簡単ではあるが、電子機器を積んでいる救急車の中では安易に携帯電話は使えない。学校に連絡する間もなく電源を切るしかなかった。
言い訳が増えたことは有り難いが、あまり増えすぎるのも考えようだった。増えすぎた言い訳はかえって真実味を失わせてしまう。病院に着き次第、老婆の様態を主治医に伝え、学校に向かうしかない。学年主任からの大目玉は避けられないが、致し方ないことだ。
ところが、男はまたしても不運な巡り合わせにあう。病院へと直行していたが救急車が交差点で事故を起こしてしまったのだ。もちろん、救急車は緊急車両でありサイレンを鳴らしていた。不備はなかった。第一、救急車が進入した時、信号は青であった。明らかに、赤信号を無視して交差点に進入してきた相手側に非がある。しかし、そのぶつかった相手が悪かった。よりにもよって、救急車と衝突した車は地元では札付きの危険な連中であった。危険な奴らは救急車がぶつかったことに腹を立て、車から降りるなり怒声をあげていた。救急車の周りを乗車していた三人で取り囲むと、救急車を乱暴に蹴ったり叩いたりした。
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