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髪をセットして、スーツに身を包んだ類が目の前に現れた時、マミはそれが類だと気付かなかった。
店の女の子達が類に気付いて、客そっちのけで視線を送っていたので、「あれが王子か」と思ったくらいで、よく見もしなかった。
マミは昔から、自分がモテる、とわかっている類いの男が嫌いだったからだ。
類はカウンターの左手にあるキッチンへ進むと、電話で頼んであった料理をカヨから受け取った。
キャバクラの方では料理らしい料理は出していなかったので、たまに常連客から注文があるとカヨの所まで料理を取りに来ていたのだ。
ラップのかかった皿を片手に、カウンターの近くにいたマミの後ろを通りすぎようとした時、類が小さな声でマミに話しかけた。
「もう二十歳になった?」
マミは驚いて振り返る。
顔を見て、もさもさ頭と王子が同一人物だと認識したはいいが、驚きのあまり咄嗟に声が出なかった。
そんなマミの様子を、類は不思議そうに見つめている。
「さ、詐欺」
マミがやっと声を発すると、類は「どっちが」と言って笑った。
「頑張って働きなー」
類はそう言うと、ひらひらと手を振って、皿を片手に店を出ていった。
マミが煙草を吸いながらぼんやり昔のことを思い出していると、カウンターの椅子をひとつ開けて沙和子が座った。
この日、天気が悪いせいか店は珍しく暇で、九時になっても客が来ない。
風邪をひいたと言って美優も休みだったため、マミも客に営業メールを送ったりはしなかった。
なにしろ、ここ最近のマミは機嫌が悪いのだ。
わざわざ無理をして、作り笑いを量産することもないだろうと、烏龍茶を片手に、ぼんやりと煙草をふかしていた。
それにしても、沙和子がマミの近くに座るなど珍しい。
会って最初の頃こそ、類の手前愛想よく沙和子に接していたマミだが、哲司と沙和子を店で見てからは、マミは沙和子の事が嫌いだった。
哲司と沙和子がお互い好き合っているとは思えなかったからだ。
だとすれば、沙和子は類にまとわりつく邪魔な女でしかない。
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