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「河上は変わらず元気だが、会ってはいないのか。」
「えぇ。此方に登ってからは……。」
「そうか……。あいつも忙しい身は変わらずだ。宮部の影響を受けてから余計に……。と、すまん。お前に言うことではなかったな……。」
「いえ」
井上は、再び視線を落としながら脇に置く愛刀を持てば一室から退こうとし、桂が再び井上に声をかけた。
「無駄死にだけはするな。いいな」
「難しいお顔をされてどないされたんです?」
「……いや。」
「誤魔化しても分かりますよ。先生は、考え事をするときすぐにここに皺が寄られるから。」
芸こは三味線を弾く手を休め、自身の眉間を人差し指でさせば微笑みながら桂を見つめた。
桂は参ったと言わんばかりに、苦笑いを浮かべた。
「幾松には敵わないな。これから言うことは、ただの愚痴だと思って聞いてくれ。私が、井上をあぁさせたのかと思ってね」
「あぁとは……。」
「人斬りにだよ。そうさせたのは私なんだ。だが、奴の帰り際には無駄死にをするなと言い……。」
「優しいですね。先生は……。井上さんもきっと分かっておられると思いますよ。先生の仰りたいことが。」
幾松は、そっと桂の手をとれば包み込むような優しさで桂に寄り添った。
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