1人が本棚に入れています
本棚に追加
ついでに、イラついたらしく睨みも付け足す。
殺気を感じた狗威は呆れてそれ以上喋らない。
「ごめんね。買い出しまで付き合わせちゃって」
狗威をまたいで氷苗が申し訳なさそうに言う。
街のスーパーを出ての歩道。
翠達は横一列に右から翠、狗威、氷苗と並んでいる。
「ワシが怒っとるのはそこではない!校長はあそこでは偉いかは知らんけど、話が長すぎるんじゃ」
小さく頬を膨らませ、翠は言う。
カバンが肩から落ちそうになり、勢いをつけ、また肩まで上げた。
氷苗は苦笑を浮かべる。
「ワシの父上も話が長ったらしい、長ったらしい!『忍は常に相手の話を我慢して聞かなくてはならない』とか言って長く話しおってからにっ」
「翠ちゃんのお父さんは、忍の事をすごく考えてたんだね」
翠の言葉に反応するように、氷苗は言った。
だが、翠の頬の膨らみは治まらない。
「本当じゃよ!話せば話すほど忍、忍ってワシを引き止めて。それで一体どれだけ周りに迷惑かけたモンだか…」
どうやら、翠は長話にトラウマになったらしい。
……父親のせいで。
被害話をしているのに、氷苗は何故か嬉しそうだった。
「お父さんって、どんな人だった?」
ニコニコしながら氷苗が聞くと、翠は我に返った様な顔をする。
多分、思い出に浸っていたんだろう。
「8歳の時に別れたからのう。口うるさく、毎日仏頂面だったのは覚えとるんじゃが…」
少しでも思いそうと首を捻るが、それ以上は思い出せなかった。
みるみる内に、翠は顔を曇らせる。
「最後に、『生きろ』と言われたのは覚えとる」
やはり、政府軍に村を襲撃された記憶が蘇ったのだろう。
翠はそのまま俯く。
氷苗もつられて眉を寄せる。
家族の話が、どうしても繋がってしまう。
残酷な記憶に。
頭の中が、呑まれてゆく。
「……考えるな」
不意に翠の頭に大きく広い感触が当たる。
翠が狗威を見ると、狗威の腕が上がっている。
その狗威の腕の先の手は、翠の頭の上に。
「主…」
「結びつけるな。過去の話だ。例えそれが恐ろしい事だとしても、今悲しんだ所で何も出来やしない」
仏頂面に、不器用な言葉。
それでも、元気づけている優しい言葉。
「それでも忘れる事だけはするな」
最後は命令。
翠と氷苗は、「はいっ」と返事をする。
最初のコメントを投稿しよう!