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「木下、彼女は?」
「はい、咲空良様は志穏様と、お部屋に籠られたまま
一歩も外にはお出になられません。
お食事も、部屋までお二人分運ばせて頂いておりますが
このままでは志穏様が心配でございます」
そう告げる知可子。
普段から、咲空良にも葵桜秋にも厳しい知可子。
だけどその知可子の厳しさが、優しさと紙一重なのは俺自身が一番良く知ってる。
俺もその優しさと厳しさによって育てられてきたから。
義母の愛情を得ることが出来ず、
実母を真実を知るまで、憎み続けていた俺には
知可子の優しさが温かったのも確かなんだ。
だからこそ、この屋敷にいる間は志穏のことも、
伊吹のことも、知可子には一任できると思ってた。
だけどそのシナリオも、俺が描き続けていたものとは
かけ離れすぎてしまった。
「知可子、伊吹を頼む。
少し彼女の様子を見てくる」
「かしこまりました」
一礼した知可子は、早々に伊吹を名乗るようになった志穏を
『伊吹様』と何度も口にしながら相手をしていく。
そんな二人を見届けて、俺は彼女の部屋へと向かった。
ドアをノックするものの、部屋の中から彼女の声はない。
ふいに、中から志穏となった伊吹の声が聞こえる。
慌てて中へと入ると、彼女はまだ小さい子供の上に馬乗りになるように
体を押さえつけている。
慌てて、志穏の体から彼女を引き離す。
「葵桜秋っ!!
君は何をしようとしていたのか、わかってるのか」
二人しかいないのをいいことに、
彼女の本当の名前である、禁断の名を口走る。
彼女は崩れ落ちるように、
その場へとストンと体を落として、
俺の方へと倒れ込んで泣き始めた。
そのまま黙って彼女を抱きしめると、
俺は志穏も抱き寄せて、三人でゆっくりと抱きしめあう。
「どうして……この子ばかり……。
私の罰なの?
神様が私を罰するかわりに、
この子に試練を与えてるの?
まだこんなにも小さいのに……」
彼女は肩を震わせながら、小さく途切れるように呟いた後
何度も何度も『ごめんなさい』と言葉を繰り返した。
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