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「母さん、お養母さん、
んじゃ、行ってきます」
そう言ってスポーツバックを軽々と持ち上げて、
玄関を出て行くのは、今年の四月、高校一年生になった
心【しずか】の愛息子、紀天。
「紀天、ちゃんと工場の方に居るお父さんのところにも
顔出していくのよ。
紀天はもう少ししたら自宅から学院に通うと思ってたから、
晃穂ちゃんショック受けるわよ。
ちゃんと晃穂ちゃんにも顔出していきなさいよ。
昂燿校に行っても、ちゃんと元気でやるのよ」
「あぁ、ちゃんとやってくよ。
心配はかけないからさ。
お養母さんは、父さんと母さんのこと頼んだよ。
んじゃ、行ってきます」
そう言って玄関のドアを開けた紀天の足音は、
軽やかに遠ざかっていく。
そんな紀天が出て行った玄関をボーっと見つめて、
溜息を一つするとリビングに飾ってある心【しずか】の元へと駆け寄る。
あの日、生まれて間もなく姿を消した尊夜は、
今も当然ながら私たち家族の元に帰ってくることはなかった。
瑠璃垣志穏。
怜皇さんが送ってきた双子写真。
その後、数回「歩けるようになった」「話すようになった」っと
成長の記録のように、写真が郵送されてくることもあったけど
それも2年と少したった頃から、唯一の写真すら届かなくなった。
『誘拐された子供』として今も届けられたままの我が子、尊夜。
尊夜の戸籍は、まだ何も出来ずに居た。
心【しずか】の写真を見つめながら、
心の中で会話を続ける。
*
心【しずか】、紀天本当に大きくなったわよ。
もう高校一年生。
紀天にも睦樹さんにも、本当に……私沢山助けて貰ったね。
それも心【しずか】が私を心配してくれてたからだよね。
皆が優しく見守ってくれたから、
私……大きく一歩を踏み出すこと出来た。
尊夜が居なくなったショックから、立ち直ることが出来たね。
本当に感謝してる。
*
写真の中の心【しずか】が少し笑ってくれた気がした。
そのまま家事を済ませて、睦樹さんたちの社員の昼食の準備をキッチンで一人終えると、
今日のお客さんが我が家のチャイムを鳴らす。
「はいっ、宝生【ほうしょう】さま、お待ちしておりました。
ただいま、参ります」
インターホン越しに会話を終えて、キッチンから玄関の方へとかけていく。
そのままエステルームへと宝生さまを通してお茶の仕度をして私の職場へと向かった。
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