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車内で、思わぬカミングアウトを聞いた紀天は
戸惑いながらも、必死に私たちの現実と向き合おうとしていた。
そのまま車は瑠璃垣の邸の中へと吸い込まれていく。
「睦樹さま、咲空良さま」
車を降りた途端に、知可子さんが私たちの方へと近づいてくる。
「ご無沙汰しています。
知可子さん、妹のところに案内してくれますか?」
少し声は震えてしまったけど、自分の言葉で告げると
懐かしそうな笑みを携えた表情はすぐに仕事モードへと切り替わって深々とお辞儀した。
「ご案内いたします」
知可子さんの後をついて、三人がついて歩く。
知可子さんの後をついて歩きながら、紀天はジュニアの姿を探しているみたいだった。
階段を登って案内された部屋には、棺が安置されていて
その場所で眠りについている存在。
知可子さんに断わりを得てから、そっと棺の中で眠り続ける存在を見つめる。
そしてその隣、固まったまま動かなくなっている私の妹……葵桜秋。
この子は……?
思わず知可子さんに縋るように視線を向ける。
「こちらにお眠りになっておられるのは、伊吹坊ちゃま。
今は志穏坊ちゃまとして生きられております、葵桜秋さまの御子息です」
知可子さんは小さく私に聞こえるように、ひそひそと耳元で教えてくれた。
そしてそのまま一礼をして、次の来客の接待の為、この部屋から出て行く。
私はそのまま「葵桜秋」と妹の名前を呼んで抱きしめた。
『ごめんなさい。
咲空良……私の命をあげるから、伊吹を連れて行かないで』
私に許しを請うように、助けを求めるように消え入るような声で
何度も何度も呟き続ける葵桜秋。
そんな葵桜秋を抱きしめていると、再びドアがゆくっりと開いた。
姿を見せたのは怜皇さんと……もう一人の少年。
近くにいた紀天の表情で、あの子が尊夜なのだと受け止めることが出来た。
葵桜秋を抱きしめたまま、近づいてくる怜皇さんに目を伏せて会釈をする。
「伊吹の名は、志穏が今まで通り引き継ぐ。
瑠璃垣の後継者として。
それは志穏自身が決断した。
告別式は瑠璃垣志穏として出す。
それが一族の総意だ」
冷酷にも思えるその言葉は、私たちや葵桜秋へと向けられた。
「睦樹、咲空良さん。
少し話がある。
時間貰っていいか?」
怜皇さんに求められるままに、紀天を尊夜の元へと残して私たちは
部屋を移動した。
デューティーとジュニア。
新たな関係を築いて、交わり始めようとしている兄と弟。
そして……永遠の別れの時を迎えようとしている、
瑠璃垣においての兄と弟。
怜皇さんによって通された奥の部屋。
そこには一冊の日記が存在していた。
「この場所は?」
「志穏として生き続けた、伊吹の部屋だ。
そして……咲空良さんと睦樹には、この日記と手紙を見て欲しい」
そう言って手渡されたのは、伊吹君と尊夜がずっと交換し続けていた手紙と
伊吹君が綴り続けていた日記。
その中には今まで大人たちが知らなかった、
伊吹君と尊夜の夢や約束事が沢山綴られて、お互いの絆を感じられた。
「まぁ……二人とも、こんなことを思っていたのね」
そう言って告げると怜皇さんも静かに言葉を続けた。
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