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「これが最後のチャンスだ。
伊吹が亡くなった今、瑠璃垣にとっては大問題だが
志穏が元の名に戻ることはこれを逃すと出来なくなる。
その上で、意思確認をした時アイツは自分のデスクから、
この兄からの手紙を俺に手渡した。
そして兄の部屋の机の鍵のついた引き出しから、
鍵の在処すらも教えられてたのか、何事もなかったように鍵を取り出して
その日記を俺の元へと見せた。
そして志穏の……覚悟を知った。
俺は今までも、散々なことばかり要求してきた。
瑠璃垣の為とはいえ、咲空良さんと睦樹から大切な子供を奪った事実は変わらない。
その上で、もう一度伝えさせてくれ。
志穏が兄の想いを継いで、伊吹として生き続けることを望んでいる。
我が儘を承知で願い続けるしかない。
咲空良さんと睦樹の宝物となる尊夜を再び、俺が保護者となって見守っていきたい」
真剣な眼差しで怜皇さんに頼まれて、
ずっと幼い頃から兄弟の絆を、葵桜秋の目を盗んで育み続けてきた伊吹君と志穏に……
私たちが入りこむ隙なんて、何処にも存在しなかった。
こうして……瑠璃垣志穏の名で、
葵桜秋の子は、静かに荼毘に付された。
葵桜秋の子供の死から四十九日が済んだ時、
参列していた私の元へと、よろめきながら葵桜秋は近づいてきた。
我が子を失った悲しみは深すぎて、
葵桜秋の体を見る見る弱らせていった。
「葵桜秋、ちゃんと眠ってるの?
ご飯は?」
「大丈夫。
心配かけてごめんなさい。
だけどお姉ちゃん……お願い……。
私の我儘を聞いて」
そう言って葵桜秋は小さく呟いた。
「私……怜皇さまと離婚するの。
私はお姉ちゃんにはなれない。
それに……今は私の生きがいである伊吹ももう居ない。
私の名前を返して……お姉ちゃん」
途切れ途切れの小さな声で、
縋るように訴える葵桜秋の言葉。
そんな葵桜秋の姿は私は初めて。
私が知っている葵桜秋は、いつも凛としていて逞しくて
皆に好かれる強い存在だったから。
ずっと強いと思っていた妹の弱さを知った時、
私はその思いを受け止めようと決意した。
ずっと歪み続けていたその時間が、
もう一度解けるのなら……それも悪くないのかもしれない。
星のない夜。
永遠にも似た真っ暗な時間が、
夜明けを迎えようとしていた瞬間にも感じられた。
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